アーティストの創作活動のキーワードは自由。誰にも縛られたくないと考えるのが芸術家の出発点。自由でありたいという欲求からスタートする。ものづくりなんて自由でなければ意味がない。だから才能がある人は得をするし、そうでもない人は努力する。努力して賄えることも多いけれど、賄えないことも多い。僕が出会った人たちは才能あふれる人ばかりでした。

 

 音楽の世界だけでも僕は何人もの天才たちとの出会いがあり、今までたくさんの作品を作りました。約40年間。僕はどちらかといえば、文学的な人間ですから、誤解を恐れずに言えば、純粋に音楽バカみたいな人とはうまくいくんですね、どういうわけか。僕は血液型でいえばAB型なので、どんな人とも合わせられるんです、実は。石崎君はA型。だから相性というものがあるとしても関係ないというか。関係性はプロデューサーと看板を背負ったアーティストとの共同作業ですから、二人三脚で進むしかないわけです。きちんとしているアーティストと大雑把なひらめき中心のプロデューサーとの組み合わせがうまくいくのかもしれない。

 

 何度かメディアでも言いましたが、僕が石崎君に興味を持った理由は、もちろん圧倒的な歌のうまさとか声の良さとかもあるんですが、何にせよ「母親に向かって歌いたいんです」という気持ちにやられた。彼のお母さんが亡くなった時期に僕らは出会いました。これから母親に向かって歌うという宣言を小声でしたんです、下北沢のシェルターの前の路上で。聞き逃しませんでした。それに僕はノックアウトされたんですね。本来歌う理由がある人にしか興味がない。どんなアーティストと話をしても、なぜ歌うのかということをしつこく聞くんですね、もともと僕は。それでも出会った当時、僕はあるレコード会社の副社長だったので、現場仕事をやらなくなっていました。だから石崎君がいたアストロコーストというバンドを会社でやろうと部下に言っただけでした。石崎君に伝えたアドバイスは「母親に向かって歌うんなら、バンドをやめて一人でやれ」ということだけでした。その頃から僕は昔みたいな作品作りの現場から離れたんです。少しずつは手伝いましたが、のめり込んでアルバムを作るというようなことはできない環境にいました。

 

 今回、彼とゆっくり話す機会があったときに、一緒にやりたいなあという思いが伝わってきた瞬間があったんですね。それで、じゃあやるか、みたいな。それが今年の夏でした。マネジメント事務所のボスから共同制作者になったわけです。そして僕は彼にこう言いました。「作り上げた後にその次の作品がベストだと言わないように渾身の力で作りたい。これが最後だと思って全力でやるよ」と。

 

 まずは準備期間に3ヶ月を時間調整してこのアルバムに専念しました。何を歌うべきなのかと考え続けました。問題作を作るべきだと思いました。聴き心地の良い洗練された音は他にもたくさんあるから、レコード会社が売りようがないと悩むようなアルバムを作りたいと考えたわけです。まあ、少し大げさな言い方をするとですが。ずっとそういう気持ちでものを作ってきたのも正直事実でしたし。そして石崎君とは時々会って、僕がやりたいことを伝えるというか、逆じゃないかって言われそうですが、全くもってオールプロデュースというのはこういうことなんだということを彼にも教えたくて、一方的な考えを話し続けたんです。幸運にもあまり衝突はなくて、割と順調に制作は進み、いよいよスタジオでデモテープを二人で作り始めると、あとはスムーズでした。3年ぶりに2ndアルバム「花瓶の花」を出した直後でしたから、会社的にもしばらくはそれを売りたい時期なんですが、もう止められなかった。

 

 アルバムタイトルは『アタラズモトオカラズ』に決定。人生の真理なんですね、当たらずも遠からずというのは。人生の的なんて幻なんです。でも投げた球は当たりはしなくてもまあまあいいところに飛ぶんですね。生涯歌っていけよということを体と心にしみわたらせたかった。しみわたったはずです。プロデューサーの僕は放射能みたいな男ですから。目に見えないものが相手を侵食していくんです。その実感がありました、今回は。石崎ひゅーいは素晴らしかった。もうその一言です。

 

 歌は世につれ、世は歌につれ。歌が世間に与える影響は強大です。このアルバムが歌に飢えた人たちになにがしかの力を与えることを祈ります。

 

 「グリニッジヴィレッジのシャワーキャップ」という言葉、これが僕のものづくりのヒントです。言葉の持つ匂いや色や触り心地が読んだり聞いたりする人を刺激して、勝手に相手のイマジネーションと結合して世界を作り始める。つまりそれは「モンマルトルのウィンドウチャイム」でも「偕楽園の笹団子」でもなんでもいいわけです。幾つかの言葉のイメージを衝突させて、その創造物を音楽でデコレートしていく。そして完成させる。僕と石崎君はトオミヨウという強力なサポーターの力を借りて、壮大な叙情詩『アタラズモトオカラズ』を作り上げたんです。お楽しみください。

 

 

グリニッジヴィレッジのシャワーキャップ

                        プロデューサー 須藤晃