| m&m Back Number 2001年 5月6月 |
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5月です。最近の自分のことを書きます。去年の春に1年間は淡々と暮らすと決めて、それを実行してきましたが、その間にいろんな出会いがあり、映画「LOVE SONG」の音楽を担当し、年が明けてからは新人群と音楽づくりを始めました。積極的に外に出るようになり、昔から引きずっている関係ではなく新しい人たちと仲間になれていることがとてもうれしく思います。もちろん旧交は温めつつ、新鮮な気分で自分を前に出す、これがこれからの1年の目標かなあ。 2001.5.2 新しい才能に巡り会いたいと切に思っているが、こちらのフォーカスはもう微調整がきかないので、ぼやけて見えるものは見過ごしている。僕の旧式の眼に焦点があった対象物に出会えるまで待つべきか。その辺で悩んでいるわけです。 2001.5.9 平河町にある自民党本部の売店で小泉首相の自民党ポスターが手に入る。一枚50円だそうだ。地方から仕事で出てきていた友人がわざわざ行ってきたといい、よかったらと一枚もらった。おみやげに宝くじと自民党ポスターを買うという。なんだか恥ずかしくなるような話だという人もいるが、僕は自民党のグッヅが売店で売っていること、しかも宣伝材料として採算度外視の値段で売っていることに笑ってしまった。 2001.5.22 最近ずっと気にしていることといえば、イチローと新庄の成績ぐらいか。これは株をやってもいないのに、日経平均株価指数を気にしているよりは、はるかにまともなことかもしれない。日本の経済の先行きを気にしているよりは、メジャーリーグでの侍たちの活躍のほうが現実的だってことです。 2001.5.29 |
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韓国語習得計画はまずは自習でスタートした。まあまあ分厚いテキストをペラペラと見て、ランダムに韓国語のイディオムをしゃべってみる。発音が正しいかどうかは気にしないで、語感のおもしろさだけで楽しんでいる。そんなところから始めて、1ヶ月は毎日決まった時間だけ韓国語にふれることにした。これは楽器を始めたときの僕なりのパターンである。慣れることからすべてが始まる。そう信じている。 2001.6.1 BSで欠かさず見るようにしている番組がある。アクターズスクールの俳優や脚本家や監督志望の学生たちの前でゲストの成功者が司会者にインタビューを受けて、最後に質疑応答するものだ。スピルバーグの回を見た。示唆に富む意見が多い。自分を見つけるんだと何度もいう。成功した後も、成功者としての自分の目ではなく、アマチュアとしての自分の目を信じているという。スピルバーグぽいものを作ろうとしたら終わりだといった。是非このプログラムを見ることを勧める。 2001.6.5 時々行く輸入雑貨店で、普段は話をしない女主人が声をかけてくれて、いろいろと話し込む。40を過ぎてしまったという彼女は、以前はおもしろいことが好きで、まめに出歩いていたが、最近はとんと行かなくなったという。こちらが音楽関係の仕事をしていると知ると、「わたしはこれでもチャーの追っかけをしてたのよ」と俄然目を輝かせた。「あの頃のエネルギーがどこへいったのって感じよ」と笑う女主人。何かおもしろいことがあったらメールで知らせてくれる?といわれて、ああと気のない返事をしたが、おもしろいことを探してメールを打って誘ってあげたい気分になっている。 2001.6.12 新入社員を契約社員として採用する会社が出てきた。1年ごとの契約であるから、基本的には適正がないと判断されれば解雇されるということである。それを承知で入社する。会社側も学生側もずいぶんと勇気のいるシステムである。終身雇用制度が定着していた日本では、非常識な形ではある。実力次第とはいうものの、このシステムは破綻する可能性もある。会社側が有利なようで、財産としての社員養成に無駄な時間と経費がかかるし、しかも仕事ができる社員は条件が折り合わなければやめることもできる、と説明されたが、愛社心とか忠誠心とはお互いの犠牲の上に成り立つものだ。親分子分の思想があってこそ、日本的な企業の成長があったのではないか。少し心配です。 2001.6.21 なんと首都高速上でいきなり車が減速して停車してしまった。何が起こったかはすぐにわかった。ガス欠である。夕方の渋滞をますますひどくさせてしまう事態になった。僕は車を降りて近くの料金所まで歩いていき、事情を説明すると、車に戻って待てという。待つこと15分。巡回車に牽引されてとりあえず邪魔にならない駐車帯に。そこで待つこと1時間半。空白の時間でした。黄昏時、窓を開け、ぼーっとしながらいろんなことを考えました。空中に浮いているようで、地上10メートルぐらいの高さにひとり、走り去る車の波をずっと眺めてました。 2001.6.25 |
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