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2001年 7〜9月

 強い意志を持って物事に対処する。意志がなければ場面場面で一喜一憂することもあるが、強い意志があれば揺らぐことがない。揺らぐことがない意志が強い意志である。その意志が判断として間違っていることもあろう。が、決めたことに従う。結果を憂うことがない。意志に基づいたすべてのことを受け入れる。

2001.7.10


 フォーカスの廃刊について思うことあり。新聞やテレビのみならず、ネットで見たことあるような内容では誰も買わないから独自の取材で記事を書いてきた編集スタッフが「もう追いつかない」と力尽きたんではないか。内容はワイドショー的だと批判されても、新聞記事を棒読みしているワイドショーとは、そもそも根元的に異質の媒体でなくてはならなかった。そのことで窒息してしまった。 

2001.7.17


 情報中毒者が増えている。どんなに細かい情報も知りたがる。そしていちいち振り回され、情報に飢え続けて、ないと禁断症状を起こす。テレビもパソコンも新聞も何もない状態で暮らすことが想像すらできない。情報がないと損をするし、時代に置いていかれるし、人間関係にも支障が出てくる。そう信じている。情報依存症を作るための社会構造が危険だとは誰も忠告しない。

2001.7.18


 飼い犬の自由について以前も書いたが、繋がれている間は外せといわんばかりに自由を主張するのに、いざ外されるとどこへも行けないものだ。日本が京都議定書でアメリカの顔色ばかりを見ているのを批判して、属国じゃないんだからもっと自己主張しろという。それを見ていて「そんなことならアメリカの州になってしまえば楽でいいんじゃない」といった人がいて、それを受けて「確かにそうなればハワイと一緒だから、沖縄基地問題なんてなくなるし、パスポートもいらないし、いろいろ便利だし楽だよね」と答える者あり。そもそもそう思うこと自体が飼い犬意識がとれてないんじゃないか。日本の真の独立、というような面はゆい言葉がまだ飛び交うことが情けない。

2001.7.26

聴きやすい音楽が好まれ、読みやすい本が読まれ、癖のない料理が好まれ、緊張を強いられない好意的な人間関係が求められ、それでいて刺激がないと不満をいう。

2001.8.3


 49歳の誕生日にたくさんの人からメッセージをいただき、品物もいただき、大恐縮です。祝ってもらうような年でもなく、せいぜい母親に感謝する日かなという実感ですが、頑固にやれてきてまだ何とか仲間がいるというのがうれしい限りです。嫌われ者になることが怖いくせに、人とうまくやれないと自分を通してきたので、誕生日を覚えてくれている人がいるだけで感激です。

2001.8.7


 レコーディングというものを通して考えることがある。いろんな楽器の音を重ねていく作業の中で音質や音階を探っていくと、一番適切なものに自然と帰結すると信じてやるわけだが、それがなかなか見付からないことがある。一晩中やってこれでいいかと思って翌日聞くとしっくりこない。何を基準にして判断しているのかがわからなくなる。いったいベストというものが何かということを考える。つまり自分はベストを作りたがっているのか、それとも作業を通して試行錯誤したがっているのかが不明になる。答えがあるならたどり着きたいが正解はどうもないみたいだし、納得するためにすべてのケースを試しているような気になる。とすれば、これでいいかと思うことは納得して決めているわけではなくて、これ以上試しても迷うばかりだから、まあこれだけやったから一番しっくりくるものにしとこうかみたいな気分なのかもしれない。何もしないで最初にやったテイクと2晩試行錯誤したものが同じだったなんてことは日常茶飯事である。

2001.8.15


 予定は未定という言い方がある。予定はあくまでも予定だから、必ずそうするというわけではない。一応決めてはいるがなにがしかの事情があればやらないかもしれない。予定があっても、それ以上にやりたいことや、やらねばいけないことが起これば変更する。だから予定は未定ということだ。必ずそうすると決まっていれば、それは予定ではなく決定である。約束があっても守れない事態が勃発して、どうしても約束を反古にしてしまう経験は誰にだってある。約束を反古にするような突発的な事件は頻発するものではない。まあいいか、という気分に簡単に誘導されてしまうようになっていたら赤信号だ。予定は未定だからという言い訳が安易に導入されるような生活は、相当危険な状態だと思った方がいい。

2001.8.29


 華原朋美さんに「人として」という曲があった。タイトルは英語だったような記憶があるが、彼女の境遇をふまえてなくとも、かなりインパクトがある曲で僕はまるで自分に問われているような痛みを感じたものである。弱い立場の人間が、その支配者達に向かって、無垢な感情や気持ちを吐露すると、それは人の心を打つのである。怒りは純情に裏付けられたときにパワーを持つ。

2001.9.10


 レコード会社系列の出版社が開催した新人のオーディションを見に行く。いろんな音楽をやる若い人たちは生き生きとしていて楽しかった。緊張はしているが、以前に比べると数段楽しんでいるように見えた。しかし、それぞれにインタビューを短い時間受けるのだが、僕が見ていた限りでは誰ひとりとしてアメリカの同時多発テロのことに触れない。口止めされているわけでもないだろうに、不思議で仕方がない。彼らが音楽を披露することと、世界の状況は無縁なのだろうか。漁師が近づく嵐について無頓着でいられるだろうか。少し驚きました。テロに対する日本の対応に関して何の意見も持たないはずはない。いずれ社会的に影響力を持つようになる自分の姿を想像しておいてほしかった。僕は報復には反対です。暴力に対して暴力で制することが正しいとはただの一度も学んでいない。

2001.9.27