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2002年 7〜9月

 子犬を連れた女性が散歩している光景にはよく出会う。僕は両腕で子犬を抱いて歩いている初老の女性を見るとなんだか自分を見ているような気分になる。理由はよくわからない。それでは犬の散歩にはならないではないかと思う。車や人の少ない場所では地面に降ろしてやるんだろうなと想像する。今朝通勤途上で、やっぱり犬を抱いた女性が現像されたばかりの写真を一枚ずつ見ている場面に遭遇した。信号待ちで横に並んだので、ちょっとのぞき見てしまったのだが、写真のほとんどは犬の写真で、その女性が写っているのはきっと手を伸ばして自分で撮ったと思われる至近距離のものばかりだった。だからピントも甘い。犬にシャッターは押せない。きっと二人で暮らしているんだろう。ホテル住まいの自分にせっせと手紙を書き続けたというフィッツジェラルドの話を思い出したながら、僕は見えない僕の犬を引っ張る。

2002.7.2


 暗い気持ちと明るい気持ちについて考える。僕らはいつでも明るい気持ちでいたいがためにそれなりに努力する。部屋に帰ったらすぐに灯りをつけるように暗さには慣れることがない。心を暗くすることはいくらでもある。すきま風のように忍び込んでくる。それでも明るい気持ちでいることを目指す。目覚めたときに晴れているとうれしい。心が弾んでいるとうれしい。物事の成り行きが最大限うまくいったときのことを想定すると楽観的になる。そのことで少し明るい気持ちになれる。結果としてそううまくはいかないのが道理だから、結果を待つ間でも明るい気分でいることの方が得をする。幸せになりたいという人の希望は、常に明るい気持ちでいたいということにつながる。生き方の問題である。
2002.7.9


 初めて会った人とさりげない話ができるようになりたいと思う。共通の話題など探しようのない時に、何かリラックスしたことを話そうとするがうまくいかない。相手も自分が自然体でいると強調しようとして失敗する。堅い会話でスタートすると修正できなくなる。アイスクリームを食べながら、コーヒーを飲みながら、政治の話もないだろうと思う。もてなす気分が強すぎて、かえって相手を緊張させたりする。さりげないというのは意識したとたんにさりげなくなくなる。

2002.7.23


 時計やカレンダーという数字に関したものがどんどんと遠くに追いやられている感じがする。昔ほど存在感がない。パソコンの普及で世の中がデジタル化したということは、つまりは情報が数字に変えられて処理されているということである。それなのに、数字に関わるものが居場所をなくしている現象が起こっているのは妙な話である。知覚過敏症というのは歯茎の話であるが、どうも世の中数字過敏症にかかっているんではないか。住基ネットの件でも国民を11桁の数字で処理するとはなにごとかと怒る人がいる。そのことは怒ることではない。情報を整理するためにデジタル化しているわけで、そのことに怒るなら文明による進歩を拒否するってことになる。その恩恵を受けなくていいという考え方は自分勝手なものでルールを決めた社会生活なんだからということらしい。家の台所やリビングに大きなカレンダーがあり、家族がいろいろと書き込んでいたのは、そんなに前のことではない。電池が切れたら時計はそのままひきだしや戸棚の奥にしまわれたり捨てられたりしている。まずは生活の基本に関わる数字だ。今日は何月何日だっけ、はないぞ。

2002.8.7


 アメリカの小学校というのは日本でいうところの幼稚園の年長組から小学校5年生までをいうらしい。そのちょっとした誤差がわかりづらくしている。すべての学校の新学期というものが9月にスタートするのも混同させられる。どういうわけでそうなったのか知りたいが、たしかに学年末で長い夏休みという方がいいんじゃないかって思うけれど。スタートするにも日焼けした健康的な姿で新しい始まりという方が似つかわしいような気がする。もう僕は学校に通う可能性はないと思うが、学生になれたなら、計画的に休みのスケジュールをたてて満喫できる自信がある。なんでもそうだ。今もう一度やり直せるなら絶対にうまくやれるということはたくさんある。そうできないところが淋しいかな人生なんです。

2002.8.28


 無理して生きてないという言い方を耳にする。自然体なんですいつもという人がいる。うらやましい限りである。無理して生きてないとは本当に深い言葉だ。人間は生きるためにどこかかしこで幾分かの負荷を感じているものだと思っている。何か無理をしなければすんなりいかない気がしている。きっと無理をしている自分を感じるから、その時々にやめたと思うんだろう。自分が生きたい方向じゃない方を選んで、無理なんかしてないもんといいたいんだろうな。流れるように生きるということもむずかしい。だって意志がある動物だから、人間は。考えてしまうじゃないか。考えないで生きるなんてできない。かつて瞑想を習ったことがあって心を無にしなさいといわれたらそのうち眠っていた。眠ってしまっては瞑想にならないといわれて、脳から何か薬品を出すイメージだといわれて頑張ったが、どうしても考えてしまって難儀だった。無理して生きてないと胸を張っていえる人を尊敬する。僕にはできない。

2002.9.2


  今はもう跡形もないんだろうが、母方の祖母の家のことを思い出す。その祖母ももういない。田舎の路線バスの終点にあたる停留場の真ん前で雑貨店やっていた。主に子供向けの駄菓子を中心にちょっとした日用品も扱っていたような記憶がある。そこへ行くのは楽しみだった。我が家からは相当離れていて、ひとりで行く距離ではなかった。行けば泊まるしかなくて必ず親と一緒だったが、高校生になってから学校の帰りに寄ったりした。ばあちゃんはすごく喜んでくれたが、食べ物が口に合わないんじゃないかということばかりを気にした。それでも魚屋で刺身を買ってきてごちそうしてくれた。風呂がいわゆる五右衛門風呂で中敷きの簀の子をうまく押さえて入らないとやけどしそうになった。しかも風呂の小さな窓から覗くと裏の家に綿羊がいて、暗くて怖い場所だった。今でも、その薄暗い空間のことは夢に見る。ばあちゃんも家もなくなって、たぶん綿羊もいなくなっただろうし、そこにいたもので今いるのは自分だけだと思う。あれから長い時間が過ぎて、それでも僕の記憶が鮮やかなままなのはどうしてなんだろう。

2002.9.11