| m&m Back Number 2003年 1月2月 |
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2003年です。50になったら何か重大な心境の変化が起こるような気がしていたが、僕の場合、それはむしろその前年から始まったのだった。とにかく気が小さいのである。50になるぞと思ったのがもう何年も前で、ついに前年になって覚悟したわけである。(起こりうることを予想して落ち着かなくなることってあるじゃないですか。タクシーに乗ったときから小銭を用意し始める性格なんです。)何をしたかというと、まずは自分のものでありながらどこかよそよそしくなってしまっていた自分のからだを作り直すことだった。ジムに通い初めて日常的に運動してウエイトをコントロールして鍛える。食生活をあらためて生活習慣病の予防に備える。頭が呆けないように常にものを考えて哲学することを始める。すべてが1年前からスタートするという準備の良さである。くじけそうになると「おまえはもうすぐ50になる」という言葉を反芻したのである。そして50になって半年、新しい年を迎えて今年はもっと新しい自分を発見しようとたくらんでいる。ご安心くだされ。誰にも迷惑はかけないです。そもそも小心者ですから、自分の範疇で解決できることばかりで、あいつガラッと変わってしまってやりづらくなったというようなことは何もありませんから。その程度の自己変革をもくろんでます。元旦に決意したことなど恥ずかしくて書けませんが、とにかく自分のハードルをもう少しだけ高くします。転んでいたら手を貸してください。お願いします。本当に歳を重ねるごとに自信がなくなります。年賀状にも書きましたが、からだ丸ごと洗ってみたってきれいになるのは見た目だけだってことです。それじゃダメです。鍛えた体はたしかに少ししぼれましたが、見た目がしぼれたってそれだけじゃダメです。心を洗います。元旦の一大決心でした。 2003.1.6 大学生の時に塾の先生をしていた時期がある。少し詳しく書くと、僕がやっていたアルバイトというのは基本的にはほとんどすべてが家庭教師なのだが、個人の家庭を訪ねるパターンとマンションの小学生のグループを教える疑似塾と、正規の学習塾の先生との三種類があった。家庭教師が食事を食べさせてもらえたりするので一番ありがたかった。だから一番長く続けていたのは家庭教師なのだが、塾の先生というのもかなりたくさんやった。教室の担任をしていたから、のべにするといったい何人ぐらい教えたのかな。今でもつきあいのある生徒もいる。その生徒の子供が高校生になっていて、ライブのチケットをとってくださいみたいな深い間柄の人もいるし、年賀状や便りを時々もらうという関係の人もいる。いつまで経っても僕は「先生」と呼ばれる。考えてみれば10歳も年が違わないのだから、40過ぎの人から先生と呼ばれるような年ではないのだが。それにしても「教える」とは勇気のいることだと、この年になって思う。教わる方はそれを信じてしまう可能性が高いわけで、さすがに間違いだとわかっていて間違いを教えたことはないが、間違いかもしれないことは教えた。いまだにそれを信じている生徒がひとりでもいると思うと冷や汗がでる。できれば教えるという行為からは離れていられればそれにこしたことはない。 2003.1.14 嘘泣きという言葉を久しぶりに聞いた。話の脈絡はこうだ。子供の時に電車に乗ると眠ったふりをしていると目的地に着くと揺り動かされるが、それでも嘘寝をしていると抱っこしてもらえるのでそうしていたという話になり、そういえば怒られそうになると怒られる前に嘘泣きをして少しでも叱責を和らげていたという話に繋がったのである。その話をしたのは女性である。男は嘘泣きはしない。女性は子供の頃から嘘泣きや嘘寝や嘘笑いや、それこそ嘘をつく習性があるんだろうか。子供の頃には大きな罪にはならないだろうが、大人が嘘泣きや嘘寝をしたら、どこか曲がりくねった感情を伴っている感じがする。嘘泣きや嘘寝の相手は男に違いないからだ。昔、男の見栄と女の嘘はかわいいと教えられた。逆に男の嘘と女の見栄は汚らしいといわれた。それを教えてくれたのは大学生時代に時々いっていたスナックのママさんだが、当時は妙に納得していたけれど、かわいくない女の嘘や男の見栄もあるものだということも知った。かわいく思える範囲の嘘や見栄でいけということなんだろうが、やはり男としては嘘泣きはいかんぜと思うけれどなあ。 2003.1.24 人間関係のなかでもっともやっかいなのはもしかしたら結婚かもしれないと思う。これは元々他人だった二人がひとつ屋根の下で暮らすだけでなく、お互いの財産を共有し、それぞれの血縁者と親戚関係を築き、子供をもうけて家庭というユニットを持続していくのである。どう考えても相当努力しなければ無理である。僕らは子供の頃から困難なことは努力によって達成できる可能性があると教えられてきた。しかも必ず実現するかどうかはわからないけれども、人はたゆまない努力によって、夢や希望に到達する可能性があると教えられた。その可能性があるというところがみそで、必ずしも努力によって100%が確約できないから人は頑張るのである。もしかしたらできるかもしれない、と思うから力の限りを出そうとするのである。結婚生活も最初は夫婦二人の努力、そして子供ができると家庭というユニットとして子供たちの努力も大いに関係してくる。いずれにしても結婚こそが人間の最大の努力を要する一大事ではないか。男たちはわかっているからこそ、そういわれると誰もが首をうなだれるのである。 2003.2.4 少しずつでも目標や目的地に向かって進んでいるのなら人は寒さや痛みに耐えられるものではないかと思う。もっといえばたとえ実際には近づいてなくても、そう思っていられたら我慢できるのではないか。岡山で行方不明になって凍死していた幼い姉妹の話をニュースで見たときに、あれほどの急坂を山中に向かって歩いていけた理由は、きっと彼女たちを家に向かっていると思わせた何かがあったのだと思った。たぶん、それは光だったのかもしれないし、報道されているように動物の気配だったのかもしれない。とにかく何かに導かれたのだ。そして力つきた。方向がわからなくなった実感がなければ、暗闇のなかではきっと山道に入る前にそこで立ち止まっていたような気がする。気力にも具体的な裏付けがあるのだ。いずれにしても痛ましい出来事で、二人の冥福を祈りたい。 2003.2.14 車で荷物を運ぼうと思ったら対象が大きすぎて載らないんじゃないかという気がしてきた。量が多いんなら何回にも分けて運べばいいんだが、大きさや容積の問題だから小分けできない。で、どうしようかと考えた。バラバラにして運ぶわけにもいかず運送屋に頼んだ方がいいんだろうが、何となく自力でやってみるべきじゃないかと思った。車はあるんだからしゃくだなと思ったのである。なんとかゴソゴソやってるうちにうまく載らないものかと考えたんだが、ほんの1センチでも角が引っかかっても載らないものは載らないということを学習はしてきている。でも万が一の可能性もある。やってみるか。それでもいざというときにダメだと全部が徒労に終わる。最初から運送屋に依頼してはどうか。悩むところである。しかも仕事が忙しくて自分でやるとなると運び出すのは真夜中になりそうだ。夜逃げみたいだし、やっぱりやめとこうかと思う。運送屋のチラシを見るとけっこうの値段だ。安いのか高いのかも実はわからないのだが、自分でやればただだ。ちょっと冷静になれば答えはひとつで、運ばなくてはいけないのだから、まず自分でやってダメなら運送屋である。そのための運送屋である。仕事の役割分担とはそういうことだと常日頃いってるのに。(結果はまた書きますが、そんなことでしばらく悩んでいるのも新鮮でした。) 2003.2.21 |
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