| m&m Back Number 2004年 10〜12月 |
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来年の話をそろそろし始めている。鬼が笑おうが仕方がない。仕事の話である。いつも僕にメールをくれる青年がいて、最近の須藤さんのメッセージは仕事に関してのスタンスが多くて、ニート族にはきついかもしれないですねという指摘があったが、それも仕方がない。仕事を継続的にするということは何かに従属することでもあり、それを拒否している人はなにがしかの自由は手にするだろうが手に出来ないこともあるんでしょう。僕は仕事をしている立場にあるので、仕事をするという立場からの発言が多いのは当然です。山に住んでいる人が山の生活についての話を中心にするのは当たり前ですから。来年はまったく新しい試みをひとつはやりたいと考えていて、かなり具体的にはなってきていて楽しみである。来月の後半には発表出来ると思う。あらゆることは準備していて可能なことと不可能なことが明らかになる前に自由に構想を膨らませているときだから、実は今が一番楽しいのである。遠足の前日の気分といっておきます。そろそろみなさんも妄想でも希望でもなんでもいいから、そんな計画をひとつ持ってみますか。 2004.10.21 守護霊が見えるという霊媒師のような男をテレビで取り上げていた。彼がいうことは別にうさんくさいことではないが、うさんくさいといわれているだろうなと思う。なぜ「守護霊が見える」などというんだろうか。それさえいわなければ立派な精神科の医師かソシアルワーカーという感じがした。彼は医師ではないから、自分が診断をしたり治療をしたりは出来ない。だが彼の言葉にすがりつく人は多いから、話相手をするということが趣味ではなくて仕事という看板を出したほうがやりやすかったんだと思う。人の迷いを救いたいという純粋な気持ちもあるように見えた。人が失いかけている「心」の話をしていた。宗教家のようでもある。予言者のようでもある。セミナーを開いて悩める人を解放させようとしている。なぜ守護霊の話をしているのかだけがわからない。それ以外は、心の悩み相談室の相談員ということだ。税理士がいるように、彼のような人が職業として存在していることは理解出来る。なぜ守護霊と交信して会話をしてアドバイスをするのかだけがわからない。 2004.11.16 僕はたくさんのシンガーソングライターと仕事をしてきた。仕事をしてきたという言い方がいいかどうかは別にして、僕は彼らの音楽活動を支援してきた。そして本当によくぶつかる問題点について、考えさせられる。それはいくつもあるわけだけれど、あまりに何度も同じ場所でぶつかるので、その辺りの細胞が固くなってしまっている。 2004.11.24 水が流れる音は美しい。僕はいまの仕事を始めてかなり長いが、この仕事は音に関わる仕事ともいえる。いまでも覚えているが、専門的な言い方がわからずに最初のディレクションめいた一言というのが「もっと水が流れる感じで」という言い方だった。なぜそんな表現をしたのかは覚えていない。人の心に届くという意味ではうるさくもなく静かでもない音という意味でいいたかったのだと思う。日常の生活ではあまり聞くことがなくなった種類の音であるが、いつでも耳を傾けるとそんな音が聞こえてくるような環境で暮らせたらと考える。水の流れる音が最高の音楽のひとつであることは否定出来ない。 2004.12.1 駅の自動切符販売機の前で困った顔をしてべそをかいている子供がいて、どうしたのかと聞いたらお金をなくしてしまって帰れないという。どこまで帰るのかを聞いたら新宿で乗り継いで私鉄のある駅を告げる。路線図を見ながら運賃を確認して足りるだけのお金を渡したら、素直にありがとうといわれてこちらも安心して清々しい気分になる。頭を下げられるのが嫌でそそくさとその場をあとにする。それから子供は半額でよかったんだと思ったが、まあいいかと歩き去る。そんなことがあってしばらくしたある日、同じ子供がやはり販売機の前で別の大人にべそをかいてお金をもらっているのを見た。取っ捕まえて怒るべきなんだろうがしなかった。嫌な気持ちになる出来事だった。人の善意を踏みにじる行為は人として最低の行為だと注意するべきだったと思う。子供の時分に教えられなかった人間は、大人になっても同じことを繰り返すだろう。そして、その人間は自分を怒らなかった大人のせいにするんだろうか。子供に怒らなかった自分を恥じる。 2004.12.9 紙に印刷されたものじゃないと安心出来ないと思い込んでいたのが、通帳なしの銀行口座を持つにいたり、そしてあらゆることがデータとして存在して画面で処理するようになって、落ち着かないながらもなんとかこなしている。それでも最低限のことは紙に印刷される。というか、紙に印刷されることは最低限のことなのか。人間の歴史の中で紙が消滅するなどと誰が考えただろうか。 2004.12.21 青春は終わったと思う瞬間がある。ある映画監督は僕よりも年上なんだが、ラジオのインタビューで「いまが青春です」といってた。そういえる人をうらやましいと思うべきなんだろうがちょっと戸惑った。その年で青春か、そうか。自分にとってのあの甘酸っぱく崖っぷちに立つ不安定な時間はとっくに過ぎてしまったんではないかと、とっさに思った。ああ、僕の青春は知らぬうちに通過してしまったんだ。小舟に揺られて行き先もわからぬままに揺られているような不安定感はもうないんだということをぼんやりと実感したんだろうか。 2004.12.29 |
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