m&m Back Number
2000年 7月

 新宿の高層ビルの一角で、沖縄フェアをやっていた。サミットがあるからなのか。ステージも用意してあり、ミュージシャンが来ていた。物産展もあり、僕はハイビスカスの黄色と赤を1鉢ずつ買った。それが今日は見事に咲いている。いいことありそうな朝です。

2000.7.3


 毎日の夕方からの雷雨にやられてます。梅雨の雨というよりは夏に足を踏み入れた雨です。うっとうしいけれど、どこか中途半端じゃない激しさで、翌朝には妙にスッキリはするんですが。一夜限りのドラマが平凡すぎる日常を刺激している、ってことですか。

2000.7.5


 「元の木阿弥」ということわざの由来を知った。木阿弥という盲人が、声が似ているという理由で急逝した殿様の身代わりを勤め、後継者が成長した時点でお払い箱になり、元のただの盲人に逆戻りしたという故事から来ている。つまり栄華を獲得した者がまた元の身分に戻ることをいう。随分ネガティブな意味だ。木阿弥は望んだわけではなく登用されたのであろうし、最終的に彼を捨てた権力者の横暴を戒めるためのことわざなら理解しやすいのだが。つまりお払い箱にしたら世が乱れて、木阿弥はまた為政者に昇格した。これを元の木阿弥という、という話ならよくわかる。そうじゃなければ、教訓はないんじゃないの?

2000.7.6


 情けは人のためならず、という言葉を誤解している人は多い。人に情けをかけると、それは巡り巡って自分にかえって来るという意味なのに、人に余計な情けをかけるとダメにしてしまうから心を鬼にして放っておいた方がいいという意味だと思っている人がいる。人に善をなせば自分も益するということである。

2000.7.11


 粗製濫造とは出来の悪いものをやたらめったらたくさん作ることをいう。大量生産することが必ず悪いことではなく、質のよくないものを乱暴に作り続けるのがいけないのである。大ざっぱで粗い仕事は結局損をする。粗製濫造を繰り返すくらいなら、作らない方がいい。

2000.7.12


 2ヶ月ぐらいボーッとしてたら、やたらやる気になってきました。これが本気かどうか、しばらく慎重に見守ります。つまり自分を信用してないわけです。人はだまさなくても、自分で自分に裏切られたことはあるでしょう?とにかくやる気になってきたことは喜ばしい。

2000.7.14


 石の上に水がポタポタと落ち続けていると、その場所が窪んでくる。ちょうど粘土の塊を指で押したように、小さな引っ込み穴ができる。それを水落ちといい、同じように窪んださまが似ていることから、胸の窪みをみぞおちというようになったらしい。こちらは鳩尾とも書く。ここは強く押されると命にも差し支える急所である。人間の胸を継続的にポタポタと刺激し続けているのは取るに足らないちっぽけな悩みなんだろうが、それでも長い間に窪んでしまった鳩尾を一気に突いてくるような強い拳の一撃は、命取りになりかねない。

2000.7.17


 国民健康保険料が高いという話になって、医者なんかかかったことがないのにどうしてこんなに払わなくてはいけないのかと怒る声を聞く。所得に応じて保険料が算出されているのだろうが独身には負担感の重い算定だという。毎月3万だ4万だという金額は確かに重いと思う。助け合いだとはいえ、30万ぐらいの毎月の収入から差し引かれる金額にしては多すぎる。消費税に所得税、そして年金に健康保険料、生活していくには必ずかかってくるものの金額がバカにならない。とはいうものの、だからモノは買わない、病気になってやる、と考えるのはもっとバカげている。

2000.7.21


 蚊帳のことを話題にしても知らない人が多い。僕らの夏の夜は蚊帳ぬきには語れない。寝床の準備の仕上げとは、部屋の四隅に蚊帳を吊すことだった。これが重いから子供の力では大仕事で、いったん吊してしまうと出入りが不自由になる。虫を追い払うように何度か蚊帳の裾を上下させて、素早く中に入り込む。それでも夜中に羽音がするから、きっと蚊の方もそのわずかな隙を狙って侵入していたのだろう。蚊取り線香が出てきてから、しばらくは併用していた記憶があるが、いつの間にかなくなってしまった。なんだか洞穴の中で寝ているような、あの感覚が懐かしい。今も売っているらしく、純麻ものは10万以上の高価なものだとのことだが、やっぱり化繊よりは麻でしょう。

2000.7.24


 人は便利で楽な方ばかりを選択するわけではない。日本語吹き替えされた映画を見て、字幕入りじゃないと感じが出ないから好きじゃないという愚痴を何度も聞くじゃないですか。 MDのように便利で小さなソフトだってCDにはかなわないわけです。楽でいいと考えるのは、文化の老化現象だったんでしょうか。ならば、少し若返りそうな予感もしますが。

2000.7.27