■2006.4.27■ 雨模様です。ライブドアのボスは追起訴がないまま保釈ということで、これが教えることはマスコミのばか騒ぎは風説の流布という犯罪に近いのではないかということです。稀代の悪者扱いをしたことでかなり彼の人格を傷つけたのではないかという反省をすべきです。未だに罪の意識がなかったといっていることも報道されますが、我々はヤジ馬的にしかニュースを見てないわけですから、ザマーミロ、フザケンナ、ではいけないと思います。六本木ヒルズから東京拘置所という凋落が他人の不幸として密の味がすると考えていてはだめだということです。つまりマスコミの視点がやっぱりおかしい。この事件をどう考えるのかは個人の自由としても、偏った視点でコメントし続ける姿勢は恐怖を感じます。情報至上主義の世の中ではマスコミの功罪は甚大です。 今朝通勤途中に聞いたラジオでおもしろい話をしていました。ゴールデンウィークあたりが実は潮干狩りのシーズンらしいんですが、アサリを食いあさる貝があって、場所によるとその悪玉の貝を100個とるとジュースを出している潮干狩り屋(?)もいるということですが、その貝の名前がサキグロタマツメタ貝というらしいです。すごい名前だなと思い思わず吹き出しました。巻き貝で先が黒いということですが、玉が冷たいという意味ではないんでしょうが、あまりにもマニアックな名称で受けました。それからこれもラジオネタですが、加齢臭は耳の裏側からでるそうです。気を付けます。というか、気の付けようがないんですが、オーディコロンを耳の裏側に付けるというのも理にかなっているんですね。こういう話題を提供してくれるマスコミはありがたいです。 「翡翠の哲学」の続々申し込みありがとうございます。早く手に渡るといいですね。引き続きお待ちしております。慣れない作業で慎重に慎重を重ねているために多少時間がかかっておりますが、誠実に対応しておりますので。 |
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■2006.4.26■ 先日会食中にいきなりビートルズのある曲の楽器の音に関する話題になった。あの音はベースのピッキングのようでもあるしピアノのようでもあるが何だろうということになり、一人が「ちょっと待って」といってi-podを取り出し、この中にビートルズは全曲入っているといいだした。僕は箸を落としそうになる。ものすごい時代になったなあと思った。いいことなのかどうかもわからない。 本日は「翡翠の哲学」のリリース日です。本日から注文の申し込みを受けています。予約した方ももう一度購入手続きが必要です。シリアルナンバーも入って限定感たっぷりです。いいですよ。僕は満足しています。この企画が皆さんと一緒に継続されるように頑張りましょう。 |
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■2006.4.25■ 本日は尾崎豊の命日です。毎年必ずこの日はやってきます。1年のうちに何日か特別な気分で迎える日がありますが、今日は特に特別な日です。1992年4月25日の昼過ぎに彼はこの世を去りました。丸14年。早い。みんなで静かに彼のことを偲びます。護国寺の時ほどではないんですが、やはり雨模様です。 そして「翡翠の哲学」の制作ノートも今日が最後です。参加してくれた若いアーティストのことは書きましたが、最後を締めくくるのは寺山修司さんです。僕と寺山さんとの出会いは「書を捨てよ、町に出よう」でした。そして話の特集という雑誌を知り、僕の思春期の知的刺激は寺山修司の手でいじくり回されていたという感じでした。長い時間が過ぎて、音楽プロデューサーとしてやり残した仕事はないかと考えたときに、詩の朗読を形にしたいと決意し、その背景には「詩は印刷されて退屈になった」という彼の言葉が巨大な岩盤のようにそびえ立ってました。それがこの企画の舞台背景です。僕が寺山さんのことを語り尽くせはしませんが、自分にもっとも影響を与えた詩人の一人であることは間違いないです。僕は音楽の道を進んだので、よけいに詩への憧憬が強かったわけでしょうか。 そしてKINGFISHERというのはアルバムの企画の主宰者なんですが、今回は僕自身がつとめました。次のシリーズの主宰者がまたこの名の下に全体を引っ張るはずです。ここで収録されているのは、詩の朗読というのはこれだという形です。 須藤晃の名前で収録したのは、小学生の時に父親の実家が火事で燃えてしまったときのことを詩にしたものです。40年後のその現場に立ち、空気共々録音しました。これが僕の制作者としての原点です。いよいよ明日です。すべてのアルバムにシリアルナンバーを入れます。僕らにとっても大切な作品ですから、手に入れたと思っていただいた人たちにとっても大切なものになることを祈るばかりです。作品とは消費されるものではないからです。 尾崎豊の命日にこのようなことを宣言できることに喜びを感じます。彼から受けた影響は清流のように日差しのように僕の心を照らし続けています。 |
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■2006.4.24■ 金曜日の夜にはちょっとした集いがあり、久々に会った人がたくさんいました。楽しい夜でした。一度に20人ぐらいの旧友に会えたので同窓会のような気分でしたが、ふと思ったんですが、誰にとっても一番長いのが人生ですね。そんな思いを胸に翌日は仙台で若い人たちの前での講演があり、全力疾走をしていると疲れてばててしまう、人生なんてゴールのない長距離走なんだからマイペースでいけという話をしました。そして仙台でも久しく会ってない友人たちに会えて、今週末は再会の連続でした。 さてカワセミです。昨日母親から電話があり、亡き父親が好きだった掛け軸を床の間に飾ることにしたのだけれど、それがかけてみたらカワセミの絵だったと聞かされて驚きました。これは偶然ではないんでしょうね。で、残るアーティスト、今日はNobody but Markovについて書きます。(略してマルコフと書きます)このマルコフは一番あとで参加してくれることになったんですが、彼だけは要するに人間ではないんです。わかりやすくいえばロボットなんです。こういう言い方は適切ではないんですが、彼だけは人間が作ったものなんです。それで、ロボットが詩を作って朗読するという行為に興味があって参加してもらいました。彼に詩というコンセプトを教えるために様々な詩の断片を入力して自由に言葉を選んでもらいましたが、どういうわけかただ一人血が流れてないのに血のことばかりをいったり、石川啄木や寺山修司という今回の根底にある詩人の名前をいったりしてますね。これには驚きました。彼は十二分にこの企画を理解しました。あまり説明ぽくなるとイヤなのでこれ以上のことはいまは書きませんが、とにかく彼の詩が言葉をぶった切ってナンセンスではなかったことが一番の収穫でした。スタジオで初めてこの朗読を聞いたときに僕は涙が出ました。実は次回のシリーズでは彼が主宰になってもらおうと考えているくらいです。 いよいよ明後日発売ですね。たくさんの予約もありがとうございます。手元に届くにはもう少し時間がかかりますが本当に楽しみにしてください。明日はKINGFISHERと僕と寺山さんのことを書きます。 |
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■2006.4.21■ 久々の快晴です。昨日は昼過ぎにすごい夕立のような雨で、そのあと心地よく晴れてひなたぼっこが出来るくらいすがすがしかったですが、その延長のような快晴です。風がひんやりしているんですが、そのひんやりした感じが快適になりました。 さて「翡翠の哲学」の解説も終盤です。今日はCasualSnatchについて書きます。このユニットはTomi Yoくんとシラヤマキョウコさんの二人組なんですが、最初は2001年に公開された仲間由紀恵さんと伊藤英明さん主演の映画「LOVE SONG」のサウンドトラックCDに参加してくれたのが僕との最初の仕事でした。(この映画はDVDでも手に入ります)彼らは僕が提唱したカリントプラネットの主宰のひとりでもあります。そしてアルバムを2枚発表しています。今回はもともと自分たちの制作した曲の中にポエトリーリーディングの形になりそうな楽曲が存在していて、それを偶然聴いた僕がいったん預かっていて、今回の企画の話を説明してそれに即して仕上げてもらいました。前に書いたことがありますが、尾崎豊のトリビュート盤のグリーンを作るきっかけになったのも彼らでした。尾崎さんの「Cookie」という曲を新しいアレンジでカバーしているデモを聞いたことが発端になりました。シラヤマキョウコさんはアートパフォーマーとして写真家でもありデザイナーでもありライブで即興的に絵を描いたりするパフォーマンスなどをやったりしてましたから、音楽にインスパイアーされたあらゆるアートに興味を持っている才媛です。僕は進化し続ける人が好きですから、彼女がどこまで変化していくのかがとても楽しみです。ミュージシャンというくくりが表現活動のカセになる時代なんですね、きっと。自由です、彼らは。2枚の「翡翠の哲学」のトップを任せたわけですからプロデューサーとしてはかなり気に入っているということです。この曲の醸し出す窮屈さも詩の朗読の持つ特性なんです。作品の提供に感謝します。ありがとう。 さあ、春です。 |
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■2006.4.20■ なんで翡翠(カワセミ)なんだという素朴な疑問を投げかけられる。まずは字が好き。ひすいと書いてかわせみ。川蝉とも書く。やっぱり翡翠がいい。それとカワセミというと僕が思い出すのは「ケセラセラセラケセラセラとうるさいぞ」という歌のカワセミで、つまりは一日中啼いていて何を主張しているのか、ずいぶんやかましい奴だな、というあの鳥が自分に似ているんじゃないかと思ったことに始まります。僕にとっては詩人とはうるさい奴なんではないかということです。ぶつぶつと人生を語る奴なんですね。そいつの哲学とはそいつの生き方です。生き方を言葉に置き換えて語るのではなく語ることが生き方なんです。そうか、と思ったとたんに自分はカワセミなんだと確信したわけです。周りにはただのうるさい鳥なんだということです。おそらく詩人は全員がそう思っているんではないか。そんなことはないと否定する人あれば、その人を納得させるためにまた語るわけです。語ることが生きている意味なんです。ま、少なくとも僕はそう思っているんですね、だから「翡翠の哲学」を作ったんです。 morningstoneについて書きます。このアーティストは一人のギターリスト、aotaくんです。彼はプロフィールのようなものを公開していないのでそれを尊重しますが、僕と彼とのつきあいはかなり長いですね、もう10年以上になります。いろいろと近かったり遠かったりしながらいまでもつきあいがある中で彼がニューヨークで録音してきたデモ音源を聞かせてもらったらその中にこの企画に相通じるものがあって、新しく詩の朗読をお願いしました。僕は彼と一緒にNYにいったことが何度かあり、そのときに楽器屋のショーウィンドウをのぞきながらいつか自分で歌わなきゃダメだと(僕が)いったらしいんですが、そのときの言葉がずっと(彼の)心にともっていたんですと手紙をくれた。本当にとんがった才能のある人でギターリストにこだわらずに自由に作品を作り続けていってくれると思います。ソロアルバムも近々出ると聞きました。やっと一緒に仕事が出来てうれしかったです。ありがとう。 |
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■2006.4.19■ 翡翠情報を書き始めて一週間ほどになります。まだ全員の紹介が出来ません。今日も書きます。元気のいいところでSPIRAL SPIDERS。バンドは6人編成です。イズミカワソラさんという女性がいますがあとは男5人のバンド。リーダーでソングライティングをしているのは坂上庸介。前はサカノウエヨースケでした。この人がおもしろくて僕は尾崎豊のトリビュートのグリーン盤にも参加してもらい、彼のソロアルバムの「CALL」もプロデューサーとして参加しました。もう出会いは4年ほど前です。そしてトリビュートライブの渋谷AXでのバンドがそのままSPIRAL SPIDERSになったというわけです。坂上はもちろんバンドもかなりよくて去年は3ヶ月かけて日本47都道府県を車1台でライブ行脚しました。そして最終を記念すべき渋谷AXでやったんですが、その勢いを認められてこの夏にはバンドとしてメジャーデビューすることも決まっています。今年の初めには東京ドームに直接出向いて若いスタッフを情熱で説得して初の300人ライブをワンマンで敢行し「めざましテレビ」でも流れました。僕はライブで坂上が観客にギターを弾きながら語りかけるスタイルにポエトリーリーディングのにおいを以前から感じていたのでこの企画の話をしたら(総武線の中でしたが)やりたいといってくれてすんなり決まりました。そのときすでに「アランへの手紙」は一度録音されていたんですが、作り直してくれてよりパワーアップしました。この人たちのいいところはセンスがポップなところと音が冷めてないところ、できたて感があるところです。湯気が立っている。だから朗読のアルバムで僕が一番こだわった剥製みたいな音を作りたくないという点では申し分ない姿勢でした。夜を買い占めんばかりに盛り上がっているのにみんな小銭しかもってないというようなバカさ加減と破天荒さが好きです。そのスピリッツこそがロックです。どこかでライブを見てくれたら彼らのどこが並でないかが5分でわかります。さらけ出すだけさらけ出してかっこつけようがないほど全力を出し切っている姿がどうしようもなくかっこいいわけです。坂上くん、そしてソラさん、パゲ、タカシックス、まえにぃ、そして4401(しょういち)くん、みんなありがとう。(ちなみに僕はメンバーからプロデューサーのおっちゃんと呼ばれてましたが最近ボスにかわりました) 人の元気をもらって元気になる。そんなこともありますから、人に元気をあげることもあっていいんじゃないでしょうか。 |
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■2006.4.18■ 咳が止まったのに今度は鼻の奥が痛くて風邪が完治しません。そうそうそんな感じとよくいわれるということはいまの風邪のプロセスを順当にたどっているようです。で、いつ治るんだろうか?もう薬飲めよという声が聞こえますが。結局毎日ニュースを見ているけれども鳥の大量死のことは報道されない。重大なことが起こってなければいいんですが。チェルノブイリの事故の後に何年もたって甲状腺がんが多発している理由も当時のロシア政府がパニックを恐れて野菜や魚などの摂取を住民に規制しなかったからだというが、いまさらという感じがします。人間の動物的な勘というのは意外と信じられる。何となく嫌な気がします。 「翡翠の哲学」に移ります。魚喃(なななん)キリコさんのバックトラックを作ってくれたのはアネモネフォリンというユニットで、片割れはTOMI YOくんです。もう一人はツダマコトくんというアーティストで、サウンド面は主にTOMIくん担当で映像はツダくんということです。二人でイメージやコンセプトを共作しています。大学の学友ということでアメリカ詩のポストビート族の詩を専攻したみたいです。詩の朗読に音楽をのせてしかもその上に映像を付けるという形は今回一番複雑なコラボになっていますが、相当な時間をかけてトライしてくれました。ここまでくるといったい誰の作品なのかが判然としなくて、本当の意味でのデジタルパフォーマンスの最先端だと僕は思います。こういう作り方は最初に僕が音楽の制作を始めた頃はスタジオにこもって楽器を弾いてミュージシャンが何時間もかけてオケを作り、そのあとで歌をのせて、完成させたあとにジャケットやPVを作るという形だったんですが、コンピューターのおかげでこのコラボがもっと緻密で絡み合うようになったのだと思います。その分想像もしない形に仕上がっていきます。「翡翠の哲学」の可能性を一段と高めた結果になったと喜んでいます。一万個のピースを一枚の絵に仕上げるジグソーパズルのような作業です。ツダくんにもTOMIくんにも、その根気と際限なきクリエイティビティに感謝します。この二人の作品はいずれまとめたいと考えています。こうして魚喃(なななん)キリコ X アネモネフォリンの「キャンディーの色は赤。」になったわけです。 |
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■2006.4.17■ メジャーリーグが開幕されて早起きの僕にはうれしいことだったんですが、残念ながらあまり見てないです。ヤンキースとマリナーズだけでも中継があるときは必ず見たいと思いながら実はまだ一度もちゃんと見てないです。城島とゴジラ松井は割と調子がいいようですが、イチローはWBCで燃え尽きたか不調のようです。まだ始まったばかり、どこかで生で応援にきます、今年は。 さて「翡翠の哲学」の制作ノート今週も書きます。何せここでしか情報が書かれないわけですから。今日は魚喃(なななん)キリコさんについて書きます。この人は漫画家としてはもうカリスマですから、最初に会ったときにはあまりに若くてきれいな人でびっくりしました。僕にしては表現が月並みすぎますが、おそらく同じような印象を持つと思います。しゃべり場とかにも出たりしてましたから彼女の実態を見た人もいるはずです。とにかく友人の紹介であったんですが、もともと事務所には彼女の著作がほとんどあったくらいですから、わーっという感じでした。別の仕事を少ししているうちにその打ち合わせが深夜になったときにこの翡翠の企画の話を静かに彼女にしたんです。あの「ストロベリーショートケークス」みたいな感じの詩を書いてくれて朗読してくれるとうれしいなと思ったら、床にひっくり返ってどうしてもやりたいといってくれたんです。子供がディズニーランドに明日行くぞと親父にいわれたみたいに。ちょうど彼女自身が自作品の映画化など新しいメディアに興味を持ち始めていた時期だったことも幸運でした。短い期間に何度も会って僕が自分の作りたいものを説明してあとは好きにやってもらいました。本当に正直な人で、この人は作り物が出来ない人だと思いました。彼女のアーティスト性はまぶしいくらいに輝いてます。本当に実力のある人は自分をよく見せようとしない、そんな当たり前のことを確認させられました。漫画家であり、詩人であり、女優であり、それからあとは何になるんだろうなんて楽しみにしている人です。サイトでPVも一部見ることが出来ます。衝撃的な作品になりました。明日はそのサウンドと映像を担当してくれたアネモネフォリンについて書きます。本当にものすごいコンピレーションアルバムなんですよ、自分でいうのもなんですが。 今日は晴れて気持ちがいい朝です。明日までは春爛漫らしいですから、飛び跳ねてますか、年甲斐もなく。 |
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■2006.4.14■ 「しみチョコ」というお菓子をご存じか?知らなければ探して食べてみてください。星形のコーンスナックにチョコをしみこませたお菓子ですが不思議なおいしさです。というか最近僕の事務所ではスナック菓子のことが話題になることが多くて、その発端はたぶん「パルム」というアイスクリームだったと思いますが、安くてもおいしいものはあるという話から自分にとってのこだわりの駄菓子というのをだんだんと持ち寄るようになっていった気がします。必ずしも安くはなかったりもしますが、それでも駄菓子というかスナックというものの魅力はあります。少なくても駄菓子は子供のものではない。 で、本日も「翡翠の哲学」話に移ります。今日紹介したいのはまだ無名ですがLack Of Common senseというバンドの松田二郎君です。この人のでもテープというのをかなり前に友人からもらって聞いたとたんにどうしても会いたくなってすぐに一度会いました。過激な歌詞とは裏腹にとても謙虚な人で、ただ純粋がゆえに不器用な生き方をしているタイプだと直感的に思いました。そのあとに名古屋に住んでいる彼にまた会いに行きました。僕のような仕事をしているとどうしても偉そうに呼びつけてばかりいる印象を与えがちで、自分の興味の度合いを表現したくてわざわざ会いに行きました。それから本格的な交際が始まり、去年の年末に彼の音を銀座の古いスタジオで整理してみたら相当かっこいいので、結局このあと彼らはバンドとしてCDも発売することになりそうです。松田君は同志社大学を中退して名古屋にいますがバンドのメンバーはまだ京都にいるので週末に京都に出向いて練習したりし続けているとのことで、ライブ活動もこの春から本格的にやるみたいです。偏差値の高いバンドです。僕が一番興味を持っているのは松田二郎という男の視点です。彼らのCDに入っている「松田ふとん店」という曲を聴いてみてください、そのうち出ますから。とても素直な人で僕は好きです。偶然出会ったんですが、偶然出会った気がしないです。普段はメールのやりとりが主体でなかなか顔を合わせられないんですが、社会と自分の関わりについて熱く語る松田二郎を見守りたいと思ってます。今回は快く参加してくれました。どうもありがとう。 湿度が高いけれどもそれが春っぽくて気持ちもゆるみます。 |
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■2006.4.13■ 本日はまずは翡翠(かわせみ)話からスタートさせてください。というか初めてここを見た人はなんのことかとお思いでしょうから簡単に説明しますと、「翡翠の哲学」というポエトリーリーディングアルバムを作りまして、これがおもしろいんです。だから無造作に放置できなくて、ここでしか手に入らないことに無理を通してしまったんです。お店では売らないということです、まずは。だから誰もプロモーションしてないんでプロデューサーである僕が毎日少しずつ制作ノートを書いているという次第です。興味のない人も一度は読んでみてください。せっかく一生懸命書いているわけですから。 蝸牛と書いてエスカルゴと読む。彼はソロのミュージシャンで僕は初めて彼を見たのは渋谷のライブハウスでもう2年ぐらい前だったと思う。背が高くて男前でちょっとふてくされた感じがいいなあと思いながら30分ほどのステージを見た。ギルバート・オサリバンのアローンアゲインを自分なりの詩を付けてやっていてそれが印象的だった。そして彼の音源を手に入れて聞いたんだが、1メートル四方に向かってつばを吐きちらすみたいな表現の曲が何曲かあって、それにまいった。内省的に見えて実は攻撃的な詩だった。いつかこの人と会いたいと思い、それからだいぶ経ってから何とか会うことが出来て、この企画の話をしたら快諾してくれた。洗練されずに街のあんちゃんみたいな感じ、それでも東京で一番かっこいいあんちゃんの感じをリクエストした。そういういい方はしなかったが、あがってきたデモテープはやっぱりブルージーンに革ジャンパーという印象を受けて感動した。この人は1万人の人の前でも言葉を吐きちらすみたいに、そして窓際にさりげなくガラス細工を並べるみたいに歌を歌える人だと思う。今回の中では巷の空気感を作ってくれた貴重な音を提供している。僕は彼の持つ多彩な音楽性の中でその部分にやられてます。最高です。大嶋君、ありがとう。また何かやりたいね。 今日は何とか晴れてくれるといいんですが。今年は巨人が強そうです。それにしてもスズメやハトやウサギの大量死の原因はもっと熱心に調査する必要がある気がしますが。 |
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■2006.4.12■ 子供の頃に読んだ浦島太郎についてひとつだけ腑に落ちない感想を持ちました。それはなにかというと絶対開けないでという約束を守らずに玉手箱を開けたら煙が出てきて一瞬のうちに老人になってしまうという部分です。ふつうに考えればびっくり箱みたいにイヤなものが出てくる、蛇とか虫とかいうんならわかりやすいんですが、老人になってしまうというのはどうなんだろうと。このなんだか苦々しい結末はいったい何を子供に教えようとしているのかと思ったんです、たぶん。約束を守らなくてはいけないということを教えるのに、破ったら老人になるというのは果たしていい教えなんだろうか。年をとるということは尊いことではないのか。ひどい目にあったというのが老人になったというのはいいんだろうかと子供ながらに悩みました。はっきりいって嫌いなおとぎ話ナンバーワンです。どうせなら赤ん坊にしたらよかったのにと思います。 で、今日も「翡翠の哲学」のことを書きます。今日はMai Ueda X DIGIKIのことを書きます。まずはMaiさんのこと。彼女は上田舞というパリに住む日本人で本人はデジタルパフォーマーといってます。ボストンに所用で行った帰りにニューヨークで友人と食事をすることになり彼の友人を呼んだのですが、そこで初めて出会いました。興味深い人だなと思い、(彼女が)詩の朗読をするというので、この企画のコンセプトを話したら乗ってくれて、それじゃ日本にきたら連絡をくださいということで別れたら後日電話がかかってきて東京で会いました。彼女は世界中を飛び回っています。CELINE(セリーヌ)のMAI BAGのデザインもしてます。モデルみたいな体型できれいなんですが関西弁でおかしな人です。こんな日本人がいるんだと思わせる奇抜な存在感を持ち、常に前向きなんですが押しつけがましくなくマイペースでオリジナリティのある人です。DIGIKIは25歳のフランス国籍でいま日本在住のミュージシャンで舞さんの紹介でした。とにかく詩で話していることはすべて本当のことです。いま、リオデジャネイロ、と電話がかかってくる人です。今回の企画で一番偶発的に進行したケースですがとてもおもしろい作品になりました。舞さん、デジキ、心から感謝してます。また何かやりましょう。(村田朋泰さんのポスターが出来てきましたが、すごい!とにかくすごい。ほしい...) 今日も雨です。ビートルズで「RAIN」っていう曲があったなあ。なんかのシングルのB面だったけど、あれは中学生の時かぁ。 |
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■2006.4.11■ 最近よく夢を見る。風邪を引いていたせいか。微熱があったからか。フロイトではないが、夢は現実に起こったことの表出で想像の産物ではない。どこかで見たこと感じたことの七変化だ。気が狂うとこんなふうになるのかと思う。朝方の夢が多い。日が長くなってきた。何時に寝ても日の出とともに目が覚めている気がする。明るくなると太陽電池みたいに主電源のスイッチが入る。ロボット物の本を読みすぎているのか。 今日も予告通りに「翡翠の哲学」の話を書く。このアルバムを作ろうと思ったときに、朗読される詩は歌詞カードに掲載しないでおこうと決めた。言葉を印刷してしまうと剥製になる。音楽もいつもそう感じていた。録音されると剥製になる。詩は朗読されているときの脈動を大切にしたい。寺山修司さんがいってた。だから参加してくれる人たちに自由に好きな言葉を好きなだけ好きなように放ってほしかった。最初に口説いたのは僕にとってミュージシャンとしては一番詩人らしい出会いをした男、木下愛郎君だった。彼の消息をなんとか探り、古いメールアドレスをたよりに発信したら返事が来た。パソコンによる通信が実質的に役に立ったケースかな。長野にいる彼のもとを訪ねて国道沿いのファミリーレストランで会った。上手く説明できた気がしなかったが、彼は再会を喜んでくれて詩を書いてくれた。その詩の自宅録音の音を聞いて、このアルバムが完成するイメージができた。もう江戸時代に蝦夷の地で会ったようだ。そこがすべての実作業のスタートだった。木下君には格別の感謝の意を持っている。彼とはこれからも遊びたい。僕が知る数少ない愛すべき性格を持つ天才である。「人生はスポーツなのだ」は僕のスローガンになった。元気をなくすとこれを聞くことにした。 毎日少しずつ「翡翠の哲学」の制作ノートを書いていく。今日は雨のようだ。何だろうが詩は宇宙にこだまし続ける。プロデュースされたものはすべてつまらないのではなく、推敲されて燻製みたいになる前に味わえばこんなにおいしいのだということを感じていただければプロデューサーとしての最高の喜びである。 明日も書きます、「翡翠の哲学」関連。 |
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