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AKIRA SUDOH / ARCHIVE

m&m BACKNUMBER

須藤晃が公式ホームページに書き綴ったメッセージと覚え書き。音楽、仕事、日々の出来事、そして時代についての言葉を、掲載当時の文章のまま収録しています。

※文章・表現は掲載当時のものです。現在の見解や状況を示すものではありません。

2002年 | 38件

2002年1月 6件

年末年始、ほとんどテ・・・

年末年始、ほとんどテレビを見なかった。ぼんやり過ごしたわけではないが、家族で話をする時間が長かった。全員が同じ番組を見て笑ったり黙ったりしているというのが当たり前のような気がしていたが、話し込むとテレビは邪魔だった。家の中の備品でがたがきているものを買い直したり買い足したりするために出かけて、設置して、食事して、テレビの付け入る暇がなかったというべきか。おかげで何となく過ぎた正月という感じがしないのはよかったと思います。 

仕事始めにたくさん届・・・

仕事始めにたくさん届いた年賀状の整理から始めました。時代に合わなくなっている日本の習慣を改めようと考えているんですが、この年賀状をいう習慣はメールや電話には勝てない要素があります。来年も続けることになりそうです。返事を出せなかった人たちには心から感謝の気持ちを送ります。

日常生活の中で少し疑・・・

日常生活の中で少し疑問に思うことを、今年は気づいたときに一つ一つ解明していくことにしました。おかしいなと思うことはそのまま通り過ぎていると何度も遭遇するので、そのたびにストレスになるのです。今年の最初のテーマは「年金」です。事務所の中でみんなの知識があまりにも曖昧だということがわかり代表して少し勉強してみることにしました。そんなことです。 

まだ正月気分でいる人・・・

まだ正月気分でいる人たちはさすがにいないんでしょうが、そろそろ年が明けたことを自覚して、意識を変えないとずるずると過ごしてしまいそうです。去年でやめにしようと思っていたことがいくつかあります。去年できなかったことで今年はやりたいと思っていることもいくつかあります。始めるには今月がチャンスです。僕のことを話しますと、まずきちんと買った本は読む。 DVDは観る。CDは聴く。洋服は着る。入り口と出口をきちんとつけるということです。そして、やはり人と会う。新しい出会いを求める。億劫がらない。面倒に思わない。出会った人を大切にする。それ以上に今までの友人たちとの時間も大切にする。それはつまり自分の殻に逃げ込まないということです。迷惑かけると思いますが、よろしく。

レコードをずっと作っ・・・

レコードをずっと作ってきて、一番感じていることは、そこに録音されたものが新鮮なものか、腐りかけてしまったものか、つまりどっちにしても生ものの状態のものが詰め込まれていなくてはいけないってことです。そのことだけを考えて、いろんな人とレコードを作ってきたような気がします。

最近車嫌いになってき・・・

最近車嫌いになってきた。会社を辞めてからは車で通勤していたから、ほとんど毎日50キロから100キロは走っていた。年間3万300キロという感じかな。それで飽きてきたわけではなく、ちょっとした事情があり日中の移動を電車と徒歩にしたら、これが結構快適で、だんだんと車に乗らなくなってきている。健康のためにもなるという意識もある。CO2問題の意識もある。しかし根幹にあるのは、スピード感の問題ではないかな。ただでさえ時間は疾風のように過ぎていく。もっとゆっくり生きたいのである。

2002年2月 2件

仕事は与えられるもの・・・

仕事は与えられるものだと思っている人間ばかりだと1人の指導者と残りは兵隊という構図になる。愚かな指導者だった場合には兵隊は死んだも同然になる。仕事は自らが見つけて作り出すものだとすれば、すべての人間が指導者にもなれるし、兵隊でもあることになる。これは企業にも当てはまる。いわれたことしかしない部下を持てば、企業はつぶれる。上司が優秀であることは当然のことで、優秀な部下を持つことが企業の成長を促す。腐っていく企業とは、衰退していく企業とは、すなわち馬鹿な部下を集めた企業なのだ。上司の悪口をいって、こんな会社はつぶれてしまうなどと陰口をたたいている奴らは、自分たちが会社に巣くっている寄生虫だということに早く気づくべきだ。仕事は生み出すものだ。不景気で倒産してしまう恐怖に悩まされている輩よ、その理由は君たちにある。

「帯に短し、たすきに・・・

「帯に短し、たすきに長し」という言葉がある。どっちつかずで中途半端なものを指していう。しかし帯としてちょうどいいものはたすきには元々長すぎるだろうし、たすきとして具合がいい長さは帯には短いものだ。両方に使えるものはない。「帯にちょうどはたすきに長く、たすきにちょうどは帯には短し」ということなのである。帯にもたすきにも使えない長さのひもとは、使い勝手の悪い長さのひもという意味に聞こえるが、それはあくまで帯かたすきに使いたいときのことで、荷物の梱包には最適の長さだったりするかもしれない。すなわち「帯に短し、たすきに長し」ということの真意は、それでは何に使えるかをあなたが考えなさいという意味ではないか。どっちつかずで中途半端なものをどう使うか、それとも使わずに捨てるか、それはあなた次第ですよということではないか、なんて思うんですよ。

2002年3月 4件

昨日のメッセージにも・・・

昨日のメッセージにも書きましたが、子供の時の日常を思い返してみると考えなくてはいけない事柄がしぼられていて、いろんなことで混乱することがなかったと思う。知らないことをあれこれ詮索することもないし、大人が子供にいわないことはたくさんあった。今から思えば、あれもこれも情報として知っておかなければならないという切迫感など存在しなかった。どうして何もかもつまびらかにして、誰も彼もが共通の情報を持つようになったのか。それが平等ということではないような気がする。子供が無邪気でいられたように、時代が人の精神を病的にして邪気をもたらしてはいまいか。テレビで幼い姉妹が出てきて、「妹がチューリップになりたいといってるんですが、私は無理だと思うんです。彼女はチューリップの生活を知らないんじゃないかと思うし、どういうふうに説明してやればいいでしょうか?」と話していた。これ以上の無邪気はない。この姉を馬鹿だという人はいない。

景気が復活してきたの・・・

景気が復活してきたのか、近所で工事が多くなり騒がしくなってます。活気が出てくるのは歓迎ですから多少の雑音は我慢しなくてはと思うんですが、しばらく静かな街だったのでうるさいなと感じるのは仕方がないんでしょうか。つまり世の中の景気がいいというのはやかましくなるという面もあるわけで、人が活気づけば張り切るので声も動きも大きくなって邪魔くさいことも出てくる。道路も混むし、通りの人出も増える。電話やメールや郵便も増えてくる。息苦しくもなる。みんなが閉じこもっていた頃が暗くてよかったなんて思わないでしょうが、摩擦も出てきて熱も上がります。春なんですね、要するに。60ワットが80ワットになったっていう感じでしょうか。

半年ほど同じスポーツ・・・

半年ほど同じスポーツジムに行っている。会社勤めをしている頃から慢性型の運動不足で、わざわざ体を動かさないと何もしないタイプなのでジム通いを始めた。ゴルフが好きな人からはさんざんゴルフを勧められたが、どうしても好きになれなかったいきさつがあり、かといってジョギングをするというのも柄じゃないし、と何かと理由を付けて運動という運動からは逃げてきていたのだが。水泳なら何とか続けられるかもしれないと思い始めたのだが、インストラクターとの相性がよかったのかまじめにフィットネスを続けている。同じような年輩の仲間もたくさんいるから恥ずかしくもない。筋肉痛に何度もへこたれそうになったが、今は週に2回は行く。汗をかくのが気持ちいい。汗といえば寝汗か冷や汗という期間が長かったから、健康的な汗はとても気分をよくする。自分がよい人間になったかのような錯覚さえ持つ。運動しないときには、そもそも哺乳類の寿命は総心拍数で決まっているのだから、運動すれば寿命が短くなるなんていう説をもっともらしくぶっていたのが情けない。駅の階段を駆け上って何ともないように電車に乗り込む自分が嫌いになるわけがない。おなかに付いた腹筋をそっとなでてみるときの快感は人にはいえない喜びがある。徹夜ばかりしていた頃に体力があると思っていたのだが、体が健康になればなるほど、実は夜が全くダメになった。睡眠欲が正常な姿で定期的に襲ってくる。夜更かしできるのは実は不健康な体なんです、きっと。

一時的に流行っていた・・・

一時的に流行っていた店が閑散としているのを最近やたら目にする。商売とは過酷なものである。押すな押すなの大盛況で、行きたくても二の足を踏んでいたような店に閑古鳥が鳴く。いったん冷えてしまった店の温度はちょっとやそっとでは暖まらない。素人目にも無理のある施策を打ち、裏目裏目に出る。消費者から見ても可哀想になるような店がある。小さな小売店ならまだしも大型チェーン店では同情されて景気が戻ることはない。去年あんなに打っていたバッターが今年はぱったり打たなくなったね、という感じがする。スランプがスランプをつれてくる。復活させるためには周囲が手を貸すことはできない。本人が変わるしかない。店の閑古鳥は簡単なことだ。うまい饅頭を売れるからといって店を増やせば人は飽きるのである。だって味にも新鮮味はなくなり、気づかないうちにうまさも確実に落ちているのじゃないかな。

2002年4月 5件

人は多かれ少なかれ何・・・

人は多かれ少なかれ何かに対して依存している。アルコールに依存していると病気でジム通いに依存していると健康なわけはない。どちらも依存症候が出れば病的である。酒を飲まないと落ち着かないのも、走って汗をかかないとイライラするのも同じ病気である。どうせかかるならジム依存症の方がいいけれど。最近は携帯電話やパソコン&メール依存症も多い。一日に何度もメールをチェックするようになると、もう病的らしい。携帯も着信音が鳴ると、周辺のみんなが自分の携帯を見る。寝るときにも枕元において寝たり、電波が圏外表示になるとそわそわする。全部おかしいらしい。自分は何に依存しているのかを考えてみたが、あまりに多くてうんざりする。ただ依存するほど執着しなければ何事も完遂できないわけだから、依存症そのものが悪いとは言い難いが。あいつに会わないと落ち着かないなあと思いながら毎日連れだって遊んでいた友人がいたが(学生時代のことですが)、あれはまぎれもなく依存症でしたが、熱い青春でもありました。懐かしいなあ。

何年か前に会社を辞め・・・

何年か前に会社を辞めて自分の事務所を開いたときに、取引先銀行を決めなくてはいけなくて、元々いた会社の紹介で某銀行に依頼した。その時に担当してくれた銀行員の態度があまりに横柄で腹に据えかねた。しかも融資を依頼しているわけでもなく、こちらの資本を預けたいという話なのに、事務所に来るのに駐車場はあるのかと聞いてくるし、連絡も緩慢で参った。銀行とはそういうものだといわれてショックを受けた。6年前だ。こんなことをしていると銀行は全部ダメになるぞと公言していたら、その通りになった。勘違いも甚だしい。取引先といってもおたくのような程度の会社では、とはっきりはいわないまでも、そういう態度が見え見えだった。それがペイオフだと。冗談じゃない。潰れたら保証できませんはないじゃないか。人の消しゴムを借りておきながら消えにくいなと文句をいって、挙げ句の果てに半分使いましたみたいな話だ。日本が壊れていくきっかけを作っておきながら反省の言葉もない。最後は日銀が札束積んで緊急出動するんだと慢心していたんじゃないのか。国を背負っていたのは銀行ではなく勤勉な国民だった。オリコンに頼もうかな。銀行の対応の善し悪しベストテンを。悪いところはみんなで預金を引き出して、ペイオフどころかXXXXオフである。(大人げない怒り方ですが)。同調される方は多いはずです。ああ、すっきりした。

夜爪を切ると親の死に・・・

夜爪を切ると親の死に目にあえないよといったら会いたくないからと答えた人がいた。僕は父親の死に立ち会えたからいうが、つらいけれど死に目にはあうべきである。知人が脳溢血で意識不明のまま約1ヶ月も集中治療室に入っているという知らせを受けた。より近い友人が見舞いに行きたいが気が進まないというので、是非行くべきだと説得した。意識不明でも面会できなくても本人には必ずわかるからと話した。人の命とは消えかかったときほど愛を必要としている。だから近い人の死と向かい合うことを避けてはいけない。淡々と生きるということの素晴らしさを一番感じさせるのが、残念ながら人間の死である。知人は生きようと必死でもがいている。病は生きようとする意志への挑戦である。雨に打たれるように、風に吹かれるように、自然と闘うように、人は人の命に対して無力ながらも立ち向かうべきだし、誰かの闘いにはできる限りのエールを送るべきだと思う。

僕は楽器を弾く。ギタ・・・

僕は楽器を弾く。ギターもベースもピアノも何でも弾くし、時にはドラムやタンバリンもたたく。もちろんそんなにうまくはない。というよりもテクニックはない。音楽の仕事を長い間してきたせいで、40歳を過ぎてからの「門前の小僧習わぬ経を読む」である。楽器を道具だと思っていてはきっとなかなか上達しないと決めつけてペットや玩具のように可愛がるように遊ぶようにつきあった。今では自分のイメージの音を作る程度には楽器を操ることができるようになった。仕事を辞めて時間ができたらピアノを本格的に習おうかなどと考えていた時期もあったが、そんな悠長なこといってられなかった。音楽プロデューサーと呼ばれている人たちはほとんどがミュージシャン出身である。楽器が弾けなくて譜面が読めなくてもできる仕事ではあるが、できるにこしたことはない。キャッチボールもできない男はさすがに監督にはなれない。

日本のプロ野球にしろ・・・

日本のプロ野球にしろメジャーリーグにしろ、野球を見ていて興奮するタイプの人というのは、自分が監督になって采配を振るっているような言動をする。つまりファンの進化の過程としてはただのファンからまず評論家になり最後にコーチあるいは監督になる。クールな意見として打てない打者を非難したり同情したりしているうちはまだ1ファンである。なぜ打てないかを分析し始めて、最後にはトレード要員であると宣言したりする。僕はこの心理に関して苦々しい思い出がある。30代の後半にある草野球チームに参加していたことがある。そのチームは監督になりたがる年輩者が多く、じゃんけんで決めた。そしてその監督の采配ぶりに仲間でさえ口を挟みケンカになりかけることが多かった。僕がそこを抜けて何年か経ったときに新聞の記事を見て驚いた。その時に一番過激に野球理論を語っていた男が傷害事件を起こした内容だったのだが、その原因はなんと草野球中の内輪もめで同じチームの仲間を包丁で刺したということだったのだ。彼にとっては野球は趣味や楽しみの領域を越えた人生観の重要なファクターだったのだ。 

2002年5月 4件

いよいよ五月です。緑・・・

いよいよ五月です。緑さわやかな季節です。雨も多いんですよね、この月は。五月雨ですか。ハエは五月蠅いですよね。蒸し暑さも日々激しくなっていくんでしょうか。夏に向かってゴーといいたいんですが、個人的には時間が足りない月です。つまり予定がびっしり。ただTシャツコレクターの僕としましては、Tシャツにジーンズという年甲斐もない格好で街を歩けるようになるのがうれしい。というよりも暑くてジャケットなんて着てられないんですが。カリントのTシャツプレゼントというのも久しぶりにやろうかななんて機嫌良く考えている今日この頃です。 

事務所のすぐそばにフ・・・

事務所のすぐそばにフリマで有名な明治公園がある。散歩がてらにというか気分転換に外に出ると異常な人の気配を感じることがあると必ずフリマか犬の品評会らしきイベントをそこでやっている。連休中も連日フリマをやっていた。違法駐車の車が多くて、近くに住むものには大変迷惑なのだが、最近はこの手のイベントは秩序が保たれている。ただフリマ自体がブームになった頃に比べるとリサイクル的になりすぎていて、蚤の市よりも不要物処理市に近いような気がする。捨てるようなものは基本的には他人も欲しがらない。僕の友人は引っ越しで出たものを夫婦でフリマに参加して数十万の売り上げを上げて引っ越し代をまかないきったと話していた。僕ももう何年も前に横浜で出したことがあり、家族の思い出にはなっているが売り上げは家族で山分けして小遣いぐらいの金額だったと記憶している。たぶんちょっと豪華なごはんを食べる程度だった。この明治公園などはのべの集客が3万人とか書いてあったから、ちょっとしたショッピングセンター並である。たしかにぶらぶらと見学しているのは楽しいけれど、たたき売ってる若者を見るとなんだかせつなくなる。売る方も買う方も生活かかってるんじゃ洒落にならないしね。でも意外と現状は生活かかってたりして。

癒し系の次に来るもの・・・

癒し系の次に来るものは何かと議論されているが、僕はきっとセルフ系だと思う。禁欲的で克己(かつみじゃないですよ、こっき、己にうち勝つということです)的で平静で冷静な自我を持つことがブームになる。こんな世の中になれば、欲望のおもむくままに生きている人たちはキリがないから心が満たされることがない。だから禁欲的に生きてる人がかっこいいってなもんです。わかりやすくいえば、ひたすら我慢です。心を癒すようなものがもてはやされれば、その次に来るのはこれしかないでしょう。名付けてセルフ系、どうですか? 

横浜在住の身としては・・・

横浜在住の身としてはベイスターズの惨状は見過ごすわけにはいかない。どうしてここまで不甲斐ないのか。去年と何が変わったのか。谷繁の放出だけではない。ローズもいない。負傷者も続出し、取った外人の補強が計算はずれで、しかも4番を石井浩朗が打ってるのも首を傾げる。そこまでの重責をロッテを追われた男がこなせるか。しかし、本当の不振の理由は別にあるんじゃないのだろうか。名匠森が乗らないわけがあるんじゃないのか。つまりはTBSじゃないのかな。ベイスターズの株を買ったということは口を出しているということだし、テレビ局としては日本テレビの巨人に対抗したいわけで、そうすればおもしろい野球を期待している。森さんの野球はおもしろいというよりは勝つ野球であって、駒不足としても地味ながらも勝つ野球を目指したのに、きっと誰それがブツブツいって森さんのやる気をなくさせてるんじゃないのか。監督が腐れば選手も腐る。その悪循環ではないか。そうじゃないことを期待してみたって、現状では更迭は必死。阪神とは対照的だなあ。頑張れ横浜ベイスターズ。ポンセよ、カンバック。

2002年6月 2件

他人に借りを作ってし・・・

他人に借りを作ってしまうことはあります。意図的でなくても。どんな人も人に借りを作ることは愉快なことではありません。できれば避けたいと思っているはずです。しかし人間はひとりでは生きていけないという言い方の裏には、生きていくことで必ず誰かの世話にはなるのだという意味合いがあります。そもそも生まれたままの赤ん坊は母親がいなければ成長することもできません。ひとりで大きくなったような気分でいても、誰かの手を煩わせてはいるんです。大人になると他人の世話にはならないで生きたいと思うわけですが、つまり借りを作りたくないと考えるんですが、実はそんなことは無理なんですね。相互扶助の形こそが社会の基本ですから、誰の世話にもならないで生きたいなんて考えている人ばかりでは、世の中はうまく機能しなくなります。借りを作って結構。その分どこかで誰かもあなたに借りを作っているんです。

人の怒りは長く続かな・・・

人の怒りは長く続かない。頭に来るこという言葉通りで、不愉快なことは頭全体を包囲する。考えの全体が怒りで包まれる。そのことだけで頭がいっぱいになる。他のことが考えられない。しかしその状態がずっと続くわけではなく、風船の空気が少しずつ漏れておくようにだんだんとしぼんでくる。その作用に反抗するかのように時々空気を補填しようと怒りがわき上がってくる。でももとの状態に戻るまではいかずに、そのうちに怒りの風船がよぼよぼのゴムのかたまりになる。人間のこの精神作用は自己防御のためではないかとも思います。ずっと怒りにとらわれていても、苦しいのは自分自身だし、怒っている自分の興奮状態を鎮めないとまともな日常生活さえ送れないと気づき、こんなことで損をするのはいやだと思い始めるわけです。人の怒りは本当に続かず、怒りを導いたことに対してのやるせなさだけが残ります。実感です。

2002年7月 3件

子犬を連れた女性が散・・・

子犬を連れた女性が散歩している光景にはよく出会う。僕は両腕で子犬を抱いて歩いている初老の女性を見るとなんだか自分を見ているような気分になる。理由はよくわからない。それでは犬の散歩にはならないではないかと思う。車や人の少ない場所では地面に降ろしてやるんだろうなと想像する。今朝通勤途上で、やっぱり犬を抱いた女性が現像されたばかりの写真を一枚ずつ見ている場面に遭遇した。信号待ちで横に並んだので、ちょっとのぞき見てしまったのだが、写真のほとんどは犬の写真で、その女性が写っているのはきっと手を伸ばして自分で撮ったと思われる至近距離のものばかりだった。だからピントも甘い。犬にシャッターは押せない。きっと二人で暮らしているんだろう。ホテル住まいの自分にせっせと手紙を書き続けたというフィッツジェラルドの話を思い出したながら、僕は見えない僕の犬を引っ張る。

暗い気持ちと明るい気・・・

暗い気持ちと明るい気持ちについて考える。僕らはいつでも明るい気持ちでいたいがためにそれなりに努力する。部屋に帰ったらすぐに灯りをつけるように暗さには慣れることがない。心を暗くすることはいくらでもある。すきま風のように忍び込んでくる。それでも明るい気持ちでいることを目指す。目覚めたときに晴れているとうれしい。心が弾んでいるとうれしい。物事の成り行きが最大限うまくいったときのことを想定すると楽観的になる。そのことで少し明るい気持ちになれる。結果としてそううまくはいかないのが道理だから、結果を待つ間でも明るい気分でいることの方が得をする。幸せになりたいという人の希望は、常に明るい気持ちでいたいということにつながる。生き方の問題である。

初めて会った人とさり・・・

初めて会った人とさりげない話ができるようになりたいと思う。共通の話題など探しようのない時に、何かリラックスしたことを話そうとするがうまくいかない。相手も自分が自然体でいると強調しようとして失敗する。堅い会話でスタートすると修正できなくなる。アイスクリームを食べながら、コーヒーを飲みながら、政治の話もないだろうと思う。もてなす気分が強すぎて、かえって相手を緊張させたりする。さりげないというのは意識したとたんにさりげなくなくなる。

2002年8月 2件

時計やカレンダーとい・・・

時計やカレンダーという数字に関したものがどんどんと遠くに追いやられている感じがする。昔ほど存在感がない。パソコンの普及で世の中がデジタル化したということは、つまりは情報が数字に変えられて処理されているということである。それなのに、数字に関わるものが居場所をなくしている現象が起こっているのは妙な話である。知覚過敏症というのは歯茎の話であるが、どうも世の中数字過敏症にかかっているんではないか。住基ネットの件でも国民を11桁の数字で処理するとはなにごとかと怒る人がいる。そのことは怒ることではない。情報を整理するためにデジタル化しているわけで、そのことに怒るなら文明による進歩を拒否するってことになる。その恩恵を受けなくていいという考え方は自分勝手なものでルールを決めた社会生活なんだからということらしい。家の台所やリビングに大きなカレンダーがあり、家族がいろいろと書き込んでいたのは、そんなに前のことではない。電池が切れたら時計はそのままひきだしや戸棚の奥にしまわれたり捨てられたりしている。まずは生活の基本に関わる数字だ。今日は何月何日だっけ、はないぞ。

アメリカの小学校とい・・・

アメリカの小学校というのは日本でいうところの幼稚園の年長組から小学校5年生までをいうらしい。そのちょっとした誤差がわかりづらくしている。すべての学校の新学期というものが9月にスタートするのも混同させられる。どういうわけでそうなったのか知りたいが、たしかに学年末で長い夏休みという方がいいんじゃないかって思うけれど。スタートするにも日焼けした健康的な姿で新しい始まりという方が似つかわしいような気がする。もう僕は学校に通う可能性はないと思うが、学生になれたなら、計画的に休みのスケジュールをたてて満喫できる自信がある。なんでもそうだ。今もう一度やり直せるなら絶対にうまくやれるということはたくさんある。そうできないところが淋しいかな人生なんです。

2002年9月 2件

無理して生きてないと・・・

無理して生きてないという言い方を耳にする。自然体なんですいつもという人がいる。うらやましい限りである。無理して生きてないとは本当に深い言葉だ。人間は生きるためにどこかかしこで幾分かの負荷を感じているものだと思っている。何か無理をしなければすんなりいかない気がしている。きっと無理をしている自分を感じるから、その時々にやめたと思うんだろう。自分が生きたい方向じゃない方を選んで、無理なんかしてないもんといいたいんだろうな。流れるように生きるということもむずかしい。だって意志がある動物だから、人間は。考えてしまうじゃないか。考えないで生きるなんてできない。かつて瞑想を習ったことがあって心を無にしなさいといわれたらそのうち眠っていた。眠ってしまっては瞑想にならないといわれて、脳から何か薬品を出すイメージだといわれて頑張ったが、どうしても考えてしまって難儀だった。無理して生きてないと胸を張っていえる人を尊敬する。僕にはできない。

今はもう跡形もないん・・・

今はもう跡形もないんだろうが、母方の祖母の家のことを思い出す。その祖母ももういない。田舎の路線バスの終点にあたる停留場の真ん前で雑貨店やっていた。主に子供向けの駄菓子を中心にちょっとした日用品も扱っていたような記憶がある。そこへ行くのは楽しみだった。我が家からは相当離れていて、ひとりで行く距離ではなかった。行けば泊まるしかなくて必ず親と一緒だったが、高校生になってから学校の帰りに寄ったりした。ばあちゃんはすごく喜んでくれたが、食べ物が口に合わないんじゃないかということばかりを気にした。それでも魚屋で刺身を買ってきてごちそうしてくれた。風呂がいわゆる五右衛門風呂で中敷きの簀の子をうまく押さえて入らないとやけどしそうになった。しかも風呂の小さな窓から覗くと裏の家に綿羊がいて、暗くて怖い場所だった。今でも、その薄暗い空間のことは夢に見る。ばあちゃんも家もなくなって、たぶん綿羊もいなくなっただろうし、そこにいたもので今いるのは自分だけだと思う。あれから長い時間が過ぎて、それでも僕の記憶が鮮やかなままなのはどうしてなんだろう。

2002年10月 3件

1996年の10月1・・・

1996年の10月1日にスタートさせた会社が7年目を迎えました。テレビを見ていたら、はなまるマーケットという番組がまるっきり同じ期間らしいことを知りました。そう思うとけっこう長いなあと感じます。10年続けばいいなあと漠然と考えていたくらいののんびりした気分でしたから、実際に7年目と聞くと我ながら驚きます。会社も生き物ですから、具合の悪い時期もあったし、成長もするから、今後どんなふうになるのか楽しみですが、いろんな人の助けを借りつつ、また新しい1年を頑張りたいと思ってます。

北海道での偽装豚肉販・・・

北海道での偽装豚肉販売の謝罪としての返金の事件には驚いた。買った人たちにお詫びとして現金を返そうとしたら1500人もの人が殺到して、実売額の3倍にあたる5000万円を支払って中途で中止したという事件である。これは何ともおかしな事件である。買った人も買わなかった人も当然入り交じっていたわけだが、レシートもいらないといわれれば、お金がほしい人は並んでくださいといわれているようなもので、こんなばかげたことをやろうとした西友は正気だったと思えない。店の誠意を表すための宣伝効果も計算したんだろうが、こんな事例を作ってはいけない。そもそも偽装肉を販売したことで誠意なんてない会社なのである。大衆に対する謝罪の臨床例をしてこの事件を解明する気はないけれど、普通の常識のある大人が考えることではないということが重要なわけで、つまり企業のモラルも理念も常識も、本当はひとりひとりのまともな人間たちの集まりでなくてはいけないのに、企業という器になったとたんに誰も自分のこととして判断できないのである。自分の娘が嘘をついていたからといって、その友人ひとりひとりに謝って歩く親はいますか。まずは娘を叱りなさい。

友人と食事をすること・・・

友人と食事をすることになって、休日の夕方という事情があり、どこも混んでいるということでわりとすいている店を選んで初めて入るステーキハウスにした。最初は別に感じは悪くなかったのだが、女の子がなれてなくて先輩ふうの人がいろいろと教えているのだが、その教えている声がこちらに丸聞こえなのだ。接客の仕方を説教している内容だから、これはまずい。そのあげくに店長みたいな男の声で叱り始めた。食事している僕らにまで完全に聞こえるし、その叱られている理由が僕らに対する接客に関してものものだから、こちらはそれほど気にはしてませんといいたくなる。そして食事を終えてでようとしてカードで支払いをしようとすると、女の子は顔をしかめて「クレジットですか?」という。クレジットカードを省略するなら「カードですか?」だろうに。しかもレジでの処理が皆目分からない。先輩がでてきて教授する。「一括かどうか聞いて」と目の前でいう。「一括ですか?」と聞かれうなずくと、「その場合はここを押して云々」という会話。客のもてなし以前の問題である。たぶんもう二度と行かないとは思うけれど、バイトの女の子は特に悪くはないんだろうし、この店はこうして従業員に見切りをつけられ続けて、経営者はなぜもこう出来の悪いやつばかりなんだろうと嘆いていると思うけれど、あんたのせいじゃといってやりたかった、です。

2002年11月 3件

とにかく一生懸命にや・・・

とにかく一生懸命にやってる人をまずは認めましょう。何でもいいから一生懸命やることはいいことです。他人が考えていることなどわかるはずもありませんが、どんな人でも朝からすたこら歩いて満員電車で会社に向かう人はいいです。ピアスしていても髪が真っ茶色でも学校に行く生徒はまあいい。汗をかいて走っている人、大声を出しながら荷物を運んでいる人、寒いのに襟を立てながら駅で子供の帰りを待つ母親も、少々赤ら顔で夜道に家路に向かう親父連中もいい。とにかく一生懸命生きている人は全部いい。生きることから始めましょう。四の五のむずかしいことばかりいってるだけのやつは、何いってんだよ、てなもんです。とにかく一生懸命にやってる人をまずは認めましょう。何でもいいから一生懸命やることはいいことです。たとえ成果がすぐになくとも。

今年の夏に50才にな・・・

今年の夏に50才になった。人生50年というのはひとつの目安としてずっと物心付いた頃から心の中にあって、たぶん自分は50ぐらいで死ぬんじゃないかと思っていた。わりと無茶をしている人は周囲でも50前後でなくなることが多かったし、50という区切りは遙か遠くにあるときでさえ、もうゴール間近に思えた。正直にいえば、40を過ぎたぐらいから、その先はなかなか距離が縮まらない気がした。見えていたゴールがいっこうに近づいてこない。もちろん、そこで人生がおしまいだなんて決めていないのだけれども、通過点としても、実感としての重みが伴わないというか。いったんは一日の終わりのように日が暮れて、50からはまた新しい日が昇るんじゃないかと思っていたわけで、これは20になるときも同じような気分になったんです。自分を照らしていた太陽がいったんは沈むんだという感覚が一番的確な年の取り方だと思うんですが。実際50になってやっぱり新しい太陽が昇ってきた感じはあります。ギラギラはしてませんが。初秋という感じ、今の季節の感じです。まあ、人生やっと半分かというか。内容はこれからが密なんでしょうね、きっと。蜜だったらいいんですが。

ひとつのことを達成す・・・

ひとつのことを達成するために努力をしてダメだと一度は自分のせいかもしれないと反省するのが人間である。しかしそれが二度三度と重なると、ダメなのは自分のせいではないかもしれないと考え始める。それはまるで実験材料のハツカネズミみたいに努力してもダメなものはダメだと学習してしまうのである。何かを達成するために努力しても無駄なこともあるという知識が身に付けば、まだ前向きな知識である。しかし、努力すること自体が無駄なことで、自分以外のせいで達成できないことがあるから、努力などしても仕方がないという考えに行き着けば、それは後ろ向きな考えといわざるを得ない。どちらが正しいかはいえないが、物事を達成したいという思いがなくなれば生き甲斐をなくす。どうせダメなんだという思いは人を停滞させるだけではなく心を腐らせる。人間は生ものだから、同じ場所に放置されると腐るのである。

2002年12月 2件

人それぞれ多かれ少な・・・

人それぞれ多かれ少なかれ個性がある。その人独特の考え方があって、大人同志では立ち入れないことが多い。私ならこうしますが、と主張はできても強制はできない。普通はこうするものだという常識はあるけれど、常識ですべてが統制できるほど社会は単純じゃない。大人というのは自分なりの考えを持つことでもある。人生の究極の目的が自分探しだといわれるような時代に、自分なりの考えを持ってなければ話にならない。そして個性がくっついてくる。これが面倒でストレスの元になる。他人の個性を重んじる心の余裕はなかなか持ち合わせることができない。冗談じゃないぞということになりやすい。例えば人に何かを打診する。十分な時間を与えたつもりでなかなか返事が来ない。これは相手が乗ってない理由があると考えてあきらめかけた頃に連絡があり、しかも積極的だったりする。自分の性格とは合わない。明らかに違う。乗ってるならなぜすぐに対応しないのだろうかと思う。相手はそういう性格なのである。カエルとサソリの話というのがあった。友人同志のカエルとサソリが離れ小島から陸地に移動したいのだが、サソリはひとりでいけない。泳げないからだ。カエルに相談すると「それじゃ、背中に乗ってくかい?」ということになるが、一言くぎを差す。「絶対に刺さないでくれよ」。サソリに刺されたらいちころだからだ。「何をいってるんだ、友達だろ。友達に毒を刺したりするわけないよ」。ということで背中に乗せて陸地に向かい、あと一歩の所でサソリはやっぱりカエルをちくっと刺してしまうのだ。「サソリ君、どうして刺すんだ」と毒で朦朧としながらカエルが聞くと、サソリは気の毒な顔をしながらいう。「だっておれってそういうキャラクターなんだ」。キャラクター、すなわち性格である。この話はもう何年も前に盟友浜田省吾君から聞いたのであるが、なかなか含蓄のある言葉です。

フランスの詩人、ボリ・・・

フランスの詩人、ボリス・ヴィアンの詩に好きな詩がある。彼は自分でも音楽的な仕事をしていたから余計に感じるものがある。「君がもし詩人になりたいならバカなまねをしてはいけないし、金持ちになろうと思ってもいけない。どんな間抜けどもが好んでも、くだらない歌を書いてはいけない。君が作った小さな宝石に人はわずかな小銭を払うだけ」というような節が印象的だった。友人への忠告として書かれた詩だが、彼自身に向けられた想いだろう。時々僕はこの詩を思い出す。子供の頃からずっと詩人になりたいと思っていた。理由はわからない。きっと普通の仕事に就くだろうが、最後は詩人として生きている気がした。親父はそれじゃ食えないといいたげだったが強く怒ったりはしなかった。残念ながらいま僕は詩人として生きてはいない。もっと先のことなのか。