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須藤晃が公式ホームページに書き綴ったメッセージと覚え書き。音楽、仕事、日々の出来事、そして時代についての言葉を、掲載当時の文章のまま収録しています。
※文章・表現は掲載当時のものです。現在の見解や状況を示すものではありません。
2004年 | 17件
2004年1月 2件
しばらく淡々と生きる・・・
しばらく淡々と生きることを信条にしてきたので、今年はちょっと濃い感じでいこうかなと考えてます。薄味であっさりしたのもいいんですが、ちょっと喉が渇きそうなきつめの味付けでいきます。いいなあ、そんなことを年の初めに宣言してしまって、その勇気にまた驚いてます、自分で。
乾布摩擦という言葉自・・・
乾布摩擦という言葉自体が死語に近いのかもしれないが、僕はずっと寒風摩擦だと思っていた。実際に子供の頃は冬場になると健康のためということで朝起きると上半身裸になってタオルでごしごしと体を摩擦していた。寒稽古というものがあって、これはクラブに入っている人たちだけではなくて全校生が朝早くから登校して、柔道か剣道をやり、父兄が炊き出しに来てくれて一緒に朝ご飯を食べるという行事であった。それがどういうわけか僕の故郷富山では真冬というと雪が降っていたので、吹雪の朝に学校に行き、まずは乾布摩擦なのだ。寒いなあと思いながらやってたから、当然これは寒風摩擦だと思う。母親が特に病弱でもなかったと思うのだが、かなり後まで朝起きたら布団の上でやってたのを記憶している。いまだにやってはいないと思うが。僕の友人の長野生まれの女性などは、馬刺で蓄えたスタミナと朝一杯の焼酎で冬場の寒さに耐えたといってた。中学生の時でさえ、自転車通学はきついので、親も公認していて、ぱあっと一杯ひっかけて出たという。その女性は別にアル中にもなってなかった。寒さに向かっていろんな智恵があるんだろうが、僕の最近の智恵は靴下である。受験勉強しているときも足下にあんかを置いてた。湯たんぽで雪国の大寒に立ち向かってたのだから、考えてみれば足を守ればいいわけだ。特別の耐寒用の靴下は2000円ちょっと出せば手にはいる。高いのだが、これを履いてると頭寒足熱の原理で温かい。それプラスにタイツかな。親父のズボン下とか股引(ももひき)とかバカにしていたんだが、メンズタイツと呼ばれて形を変えているとはいえ、要するに同じだ。それでも、これでもっと寒くなるこれからの季節を乗り切るわけです、寒がりたちは。
2004年2月 1件
何年か前に「みんなノ・・・
何年か前に「みんなノイズを聴きたがる」という本を出版しました。この本は僕にとっては初めてのエッセイ集というか、小説ではなくて自らが出版したいと思った本でした。8年前に会社勤めを辞めて自分のオフィスをほとんど他人の力添えで開き、自分の考えでやったことといえば、当時はまだ珍しかったホームページを開いて、毎日某かのメッセージを書くということでした。そこで書いたことから繋がっていったメディアに書かせてもらった文章や、ホームページに載せていた文章をまとめて出版した本が「みんなノイズを聴きたがる」です。そしてまたそれが発端でラジオ番組を作る企画が舞い込み、その番組が賞を取り、その後レギュラー番組を持つことになったりしたので、僕にとっては会社を辞めたことから始まった不安定で自由な日々の象徴が「ノイズ」だったと思います。1999年の秋でしたから、あれから5年目で、実はまた第2の「みんなノイズを聴きたがる」みたいなものを自分が読みたくなってます。そもそもこのタイトルはニューヨークで仕事をしたときに、アンディというエンジニアからヒントをもらった言葉だったんですが、今週またニューヨークに行くので、新しいキーワードが飛び込んでくる予感がしてます。それをタイトルにして、何か自分にとっての指標になるような本を書きたいなあと今は考えてます。
2004年3月 2件
目先のことにとらわれ・・・
目先のことにとらわれるのが人間である。ずっと先を見て状況を判断して行動できることの方が少ない。未来は読めないものだ。だから今こうしたらおそらくこうなるだろうということでしか判断できない。目先のことにとらわれてしまう。たとえば1年後の状態を考えることは難しいし、半年後までにどんな変化があるかなど予想もできない。変化のスピードが加速している。明日のことはわからない。だから今日を一日必死で生きようじゃないかという論理は正しいような気もするが、今を生きるということと目先のことにとらわれて生きるということはまったく違う。目先のことにとらわれずに今を生きるべきなのだと何度も人生は教えている。
ここのところ尾崎豊に・・・
ここのところ尾崎豊に関わることをたくさんしている。彼の13回忌にあたりいろんな計画があったからだ。僕は直接彼との接点が多かったから、彼の思い出話を求められることもあるし、彼に対する興味が大衆の間にはまだ根強くあることも理解しているから、なるべく飾りのない生の彼の姿を伝えたいと思う。これは僕が彼の生前やってきた役割とは少し違う。当たり前だが生の姿を伝えようと努力はしていなかった。それは生の彼が魅力的でなかったということではない。どんなところに住んで何を食べているかを知らせるようなことはしなかったということだ。僕が彼の残した言葉で好きな言葉がある。もちろんいくつもあるのだが、「少しばかりの時間を無駄にしたっていいじゃないか」というものだ。歌詞にも出てくる。あんなに生き急いだような男が残した言葉である。彼は何か雑誌のインタビューでも話していた。ビルの隙間からきれいな夕日が見えたときにもそう思ったという。少しばかりの時間を無駄にしたっていいじゃないか。僕は時折その言葉を深くかみしめている。
2004年5月 1件
人は大きな目標がある・・・
人は大きな目標があると、それに向かって着々と進んでいると思うことで生きる気力がわいてくる。その目標は簡単に達成出来る程度のことでないほうが望ましい。日々の努力目標も必要だが、何年もかかって出来るようなことを一つは持っているべきだと思う。僕ぐらいの年齢になると、それはもしかすると生涯にわたる夢に近いものかもしれない。だからどこか人に話しても笑われないことがいいのだろうが、自分の目標を他人に話すには勇気がいる。娘が子供の頃、マクドナルドのフライドポテトのラージサイズを一人で食べることが夢といってたようなものでは困る。それは目標とはいえないが。実は僕の目標というのが、ふるさと富山の生家を改造してスタジオを作ることである。ここのところ富山には何度も帰るのだが、羽田を出てなんと1時間もかからないのだから、事務所から生家までは4時間もあれば到着する。今は誰も住んでない。父親が若いときに手に入れた家で、何度か改築され僕はそこで生まれ東京に出るまでずっと住んでいた。これだけ音楽の仕事をしてきたのだから、最終的には自分のスタジオを持ちたいとも思う。東京近郊というのも、いろんな意味で興味がわかない。立派なスタジオもたくさんある。のんびりと仕事をするなら、ふるさとの環境につきるんじゃないかと考えた。食べ物も空気もおいしい。旧友もいる。どこか魂の居所が正しい気もする。実現しないかもしれないが、そう思っている自分には元気がある。何とかなることを祈りたい。
2004年6月 2件
規則的な生活を送るこ・・・
規則的な生活を送ることが人の精神にどのような影響を与えるのかに興味がある。規則的というからには同じようなパターンを繰り返すということである。変則リズムであってはいけない。不規則であってはいけない。予測できない動きがないほうがいい。そう考えてみれば、これは規則的な生活を送ることは退屈との戦いでもある。決められたことを決められたように反芻するのだ。体にとってはきっと器官としての対応という意味では規則的な生活はいいはずである。ただ僕が気にするのはやはり心にとっての問題である。毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃわないのかという問題である。サラリーマン的な生活は、全体としてかなり規則的ではある。僕も20年間経験したし、今でもサラリーマンではないが、生活のリズムはかなりサラリーマン的である。つまり規則的なのだ。毎日違うホテルに泊まり続けることと、同じ家に帰ることとはどちらが精神にはいいのか。それをいうなら、毎日同じ女と飯を食うのと違う女と過ごすのとはどちらが気分がいいのか。一概に違う女と違うホテルにいることではないような気もする。かといって同じ部屋に帰って同じ女がいるということでもないような気もする。つまらない人間というジャンルがあるとすれば、自分もそうなのかもしれないとは思うが、そんな人間だと思われたくはないから、判で押したような意見をいい、判で押したような生き方を繰り返している、すなわち規則的な生活をしている男になりたくはないと考える。そう主張するところをみると、やはり自分はそういう生き方をしてるのであろうか。はっきりしているのは、規則的な生活を心がけている男は、その生き方にうんざりし始めるということではないだろうか。他人を見れば人生は波瀾万丈に限る。さて自分はと問われれば、可もなく不可もなく、規則的な生活をするほうが無難でいいと大多数の人は思うのである。すなわち大多数の人は退屈と戦いながら、長いようで短い人生のカウントダウンをし続けるのである。悲しいけれども。
情報を管理することが・・・
情報を管理することが日常的になったことで、自分の記録がかなり正確に管理されている。だから昔よりも年をとることが早い印象を与える。富士山に登ったのはいつ頃だっけ?みたいなことではなくて、5年前の8月20日というような記録が残っていることが多い。記憶がはっきりするということは足跡が明確に見えてくるから、時間の経緯が早く感じるのではないか。それほど漠然とした遠い過去ではなくなるからだ。もう40になったという話をよく聞く。やっと50だということはない。最近はすべてがなんて早いんだろうか、もうこんな年になったのよ、なのだ。充実感とは無関係に、時の刻みは一刻一刻深くなっているのかもしれない。昔も今も時間の長さは変わらないのだが。記憶が鮮明であればあるほど、時間の経過は短く感じる。あっという間に時間は過ぎて、あっという間に年をとる時代になったのである。
2004年7月 1件
つきあってみると意外・・・
つきあってみると意外とつまらない人だったということがある。極論すると、そのほうが多いくらいではないか。ただし、あまり知らないほうが魅力的に見えたのは、すべてがその人のせいでもないと思う。人間なんて実態はそれほど他人には魅力的ではないものだ。自分ですらよくわからないのが自分自身だから、他人は基本的にはよくわからないのが当たり前だ。知らないから魅力になる。知らない分だけが魅力になる。“あばたもえくぼ”というではないか。好きになってしまえば、その人の欠点でさえよく見えるのだ。それでもよく見ると、それはやはり欠点でしかない。マスコミが伝える映像で、人の上に立つ人物が意外とつまらない人に見えたりする。小泉純一郎さんがとてつもなく魅力あふれる男に見えた瞬間もあったし、田中眞紀子さんも痛快だったりそうでなかったりではないか。情報がつまびらかな分だけ、謎が消えて、実像が見えてくると、やはり人間は人間なのだ。あんな人が大臣なのかと憤慨する。偉そうにしている有名人を批判する。だが有名人は偉そうにしているわけではない。偉そうに見えるだけかもしれないではないか。つまらない人が大人物に見えることもある。どっちもどっちじゃないかと思う。突き詰めてみれば、きっと人は丸裸になってみたらみんな同じなのだ。あの人といるとなんだか幸せな気分になるというのも、香水のせいだったり、いつもおいしいものを食べさせてくれたり、愉快な話をしてくれたり、車で送ってくれたり、その人の本質にはあまり関係ないことばかりだったりするのである。逆に、そんなことではなく心の底からひかれるなんていわれると、それはそれで、なんで?と思う。本能的に好きなんてことはあり得ない。というか、それは動物的な欲望の目とか、アイドルに取りつかれる気分と似てるんじゃないかと思う。雄が雌にひかれるというか、雨より快晴の日がいいというか。キムタクが好きということと、わたしはあなたが好きということが同じレベルじゃないでしょうに。最終的にいいたいことは、“知らぬが仏”とは本当によくいった金言であるということです。
2004年9月 1件
アメリカ大統領という・・・
アメリカ大統領という役割は、なりたいと思うほうが普通じゃないなと思う。世界最強の国のボスである。なりたいと思う人はよほどの権力志向者なんでしょうか。
男というのは(何度もいいますが)自信に満ちあふれているようで、自分は本当にどうしようもない出来の悪い人間だと思うもの、と僕は考えている。自分で自分が一流だと思っているような男は間違いなく三流である。
とすると、アメリカ大統領になりたいと思うなんて、衆人環視の中に丸裸で出て行くような感じがする。しかもその衆人の中には自分の親や家族や友人や親戚なんていう人たちも混じっている。どんなに筋肉隆々でもちょっと気が引けるでしょう。人の上に立ちたいとか天辺まで上りたいという想いを持つことは異常じゃないけれども、それが必ずしも歓声で迎えられるだけじゃないわけで、判断のミスが自分の不名誉になるだけではなくて他人の不幸を巻き込むような仕事に、すすんで関わりたいと思うのは普通じゃない。責任が取れる範囲というものがあるじゃないですか。失敗したら、貯金を全部下ろして弁償しますと言い切れるような範囲のことが。大統領の失政は取り返しがつかない。だから優秀なスタッフを取り込む。だけれども、大統領の周りに集まるような人たちはみんな大統領になりたいと思うような人たちだから、普通じゃない人たちばかりの集団になる気はする。衆愚政治という言葉を習ったなあ。
アメリカ大統領選挙が近づいている。民主党と共和党の戦いである。ブッシュとケリーのどちらがいいかというよりもどちらの政党に政治を任せるかということである。日本みたいに曖昧な無党派層というものはない。ペットにするのにイヌかネコかを選べといわれれば選びやすいが、マルチーズかコッカスパニエルかといわれたら選ぶほうは迷うし、結局はどちらもそう変わりはしないという気持ちになるのである。ああ、政治離れ。
2004年10月 1件
来年の話をそろそろし・・・
来年の話をそろそろし始めている。鬼が笑おうが仕方がない。仕事の話である。いつも僕にメールをくれる青年がいて、最近の須藤さんのメッセージは仕事に関してのスタンスが多くて、ニート族にはきついかもしれないですねという指摘があったが、それも仕方がない。仕事を継続的にするということは何かに従属することでもあり、それを拒否している人はなにがしかの自由は手にするだろうが手に出来ないこともあるんでしょう。僕は仕事をしている立場にあるので、仕事をするという立場からの発言が多いのは当然です。山に住んでいる人が山の生活についての話を中心にするのは当たり前ですから。来年はまったく新しい試みをひとつはやりたいと考えていて、かなり具体的にはなってきていて楽しみである。来月の後半には発表出来ると思う。あらゆることは準備していて可能なことと不可能なことが明らかになる前に自由に構想を膨らませているときだから、実は今が一番楽しいのである。遠足の前日の気分といっておきます。そろそろみなさんも妄想でも希望でもなんでもいいから、そんな計画をひとつ持ってみますか。
2004年11月 2件
守護霊が見えるという・・・
守護霊が見えるという霊媒師のような男をテレビで取り上げていた。彼がいうことは別にうさんくさいことではないが、うさんくさいといわれているだろうなと思う。なぜ「守護霊が見える」などというんだろうか。それさえいわなければ立派な精神科の医師かソシアルワーカーという感じがした。彼は医師ではないから、自分が診断をしたり治療をしたりは出来ない。だが彼の言葉にすがりつく人は多いから、話相手をするということが趣味ではなくて仕事という看板を出したほうがやりやすかったんだと思う。人の迷いを救いたいという純粋な気持ちもあるように見えた。人が失いかけている「心」の話をしていた。宗教家のようでもある。予言者のようでもある。セミナーを開いて悩める人を解放させようとしている。なぜ守護霊の話をしているのかだけがわからない。それ以外は、心の悩み相談室の相談員ということだ。税理士がいるように、彼のような人が職業として存在していることは理解出来る。なぜ守護霊と交信して会話をしてアドバイスをするのかだけがわからない。
僕はたくさんのシンガ・・・
僕はたくさんのシンガーソングライターと仕事をしてきた。仕事をしてきたという言い方がいいかどうかは別にして、僕は彼らの音楽活動を支援してきた。そして本当によくぶつかる問題点について、考えさせられる。それはいくつもあるわけだけれど、あまりに何度も同じ場所でぶつかるので、その辺りの細胞が固くなってしまっている。
例えば、どうして彼らは自分の作品にこだわるんだろうかということがある。自分の作品を書いて歌うことからスタートするのは理解出来る。でも出来なくなったら他人の作った作品を歌ってはどうかと提案すると顔をしかめる。小説家が翻訳をしたら変だろうか。村上春樹さんのようなあり方はいかしていると思うんだが。なぜかシンガーソングライターはその辺りに関してはナーバスなのである。ソングライティングということは核心にある作業で、これがなければ歌は生まれないのだが、みんな全力で取り組んでいるわけだから、それぞれの人にとってのベストが世の中にとって望まれているという意味でベストであることはむしろ少ない。誰かが作ったいい歌を歌うということがなぜ出来ないんだろうか。これはプロデューサーとして仕事をしてきて一番の不思議である。
僕らはいい歌が好きだ。シンガーは歌を歌う人である。ソングライティングということに縛られてはいまいか。僕にとってはいつまでも大きな壁として立ちはだかっている。
2004年12月 4件
水が流れる音は美しい・・・
水が流れる音は美しい。僕はいまの仕事を始めてかなり長いが、この仕事は音に関わる仕事ともいえる。いまでも覚えているが、専門的な言い方がわからずに最初のディレクションめいた一言というのが「もっと水が流れる感じで」という言い方だった。なぜそんな表現をしたのかは覚えていない。人の心に届くという意味ではうるさくもなく静かでもない音という意味でいいたかったのだと思う。日常の生活ではあまり聞くことがなくなった種類の音であるが、いつでも耳を傾けるとそんな音が聞こえてくるような環境で暮らせたらと考える。水の流れる音が最高の音楽のひとつであることは否定出来ない。
駅の自動切符販売機の・・・
駅の自動切符販売機の前で困った顔をしてべそをかいている子供がいて、どうしたのかと聞いたらお金をなくしてしまって帰れないという。どこまで帰るのかを聞いたら新宿で乗り継いで私鉄のある駅を告げる。路線図を見ながら運賃を確認して足りるだけのお金を渡したら、素直にありがとうといわれてこちらも安心して清々しい気分になる。頭を下げられるのが嫌でそそくさとその場をあとにする。それから子供は半額でよかったんだと思ったが、まあいいかと歩き去る。そんなことがあってしばらくしたある日、同じ子供がやはり販売機の前で別の大人にべそをかいてお金をもらっているのを見た。取っ捕まえて怒るべきなんだろうがしなかった。嫌な気持ちになる出来事だった。人の善意を踏みにじる行為は人として最低の行為だと注意するべきだったと思う。子供の時分に教えられなかった人間は、大人になっても同じことを繰り返すだろう。そして、その人間は自分を怒らなかった大人のせいにするんだろうか。子供に怒らなかった自分を恥じる。
紙に印刷されたものじ・・・
紙に印刷されたものじゃないと安心出来ないと思い込んでいたのが、通帳なしの銀行口座を持つにいたり、そしてあらゆることがデータとして存在して画面で処理するようになって、落ち着かないながらもなんとかこなしている。それでも最低限のことは紙に印刷される。というか、紙に印刷されることは最低限のことなのか。人間の歴史の中で紙が消滅するなどと誰が考えただろうか。
青春は終わったと思う・・・
青春は終わったと思う瞬間がある。ある映画監督は僕よりも年上なんだが、ラジオのインタビューで「いまが青春です」といってた。そういえる人をうらやましいと思うべきなんだろうがちょっと戸惑った。その年で青春か、そうか。自分にとってのあの甘酸っぱく崖っぷちに立つ不安定な時間はとっくに過ぎてしまったんではないかと、とっさに思った。ああ、僕の青春は知らぬうちに通過してしまったんだ。小舟に揺られて行き先もわからぬままに揺られているような不安定感はもうないんだということをぼんやりと実感したんだろうか。
たとえば、自分が変わったと感じる瞬間として、小さなことにこだわって、どうしても知りたいと思うことが出来るとしつこく調べるようになった。その自分の姿勢にも、どこか淋しさを感じる。しかも知りたいことが特別生きることに直接結びつかないことだったりすることが多いからだ。生きることにしか興味がないのが青春ではないのか。そう思いながらつまらない疑問にこだわる。
以前、全国和菓子協会に「落雁」というお菓子の命名の由来を聞いた。急になぜこのお菓子が落ちる雁なんだと不思議になったのである。答えが届いた。落雁類には様々な種類があり(協会でも把握することができないほど)その総称だが、何故落雁というようになったかについては、諸説があるという。1.中国にあった「軟落甘」が変化したという説。2.裏面が無地なので「裏淋し」が「浦淋し」に転じ、秋の浦辺の連想から呼ばれるようになった。3.昔(文禄年間頃)、この菓子を時の帝に献上したところ大へん気に入られて「白山の雪より高き菓子の名は 四方の千里に落つる雁かな」という御製の和歌を賜り、そこから生まれたという説。4.加賀藩(前田利家公)が太閤秀吉に贈ったのにはじまり、三代利常の時に後水尾院より「落雁」の名を賜ったという説(田の面に落つる雁のようであるという意)などがあり、判然としないところがあるらしい。さすがに協会だなと感心する。とても詳しいのに答えがひとつでないことに対して憤慨するでもなく、そして解説を聞いて何かを満たされた自分に、どこかうら淋しい諦観めいたものを覚えた。
このようなどうでもいいことが人生のすべてではないか。お菓子の名前の由来にこだわるように生きていくのだ。様々な思いが渦巻いた。青春が終わっていると感じた具体的な瞬間である。
